「お兄さんはストライキ中です。」

ソファに寝そべって歌うように言った彼を、きっと俺の元兄であれば即座に蹴り飛ばしたことだろう、とげんなりしながら思う。
いや、蹴るだけじゃないな、彼がいつだって他国に行く際は(それが俺だろうと、1000年を越す腐れ縁の国だろうと!)持参してるキラーフードを、むにゃむにゃとストライキ中のわりにはよく動く口に問答無用で突っ込むくらいはするだろう。
生憎俺にはそんな食物兵器をつくる趣味も腕も持ち合わせがないので、手に持っているものといえば予め手渡す予定の書類一式だけだ。残念だ。日本風に言えば遺憾の意だ。

「あぁん、アメリカってばそんな熱い視線で見つめないで、お兄さん感じちゃう!ハァハァ!」
「今からでもユーロスターに飛び乗ってイギリスと食物兵器をここに持ってくるっていうのはどうだろう」
「止めてお兄さん死んじゃう!‥‥つか、そもそもユーロスター動いてないと思うぜ」
「だろうね」

楽しくもない軽口の応酬は、俺が持っていた書類をケースごと投げ渡したことで終了した。渡すっていうか、投げただけだけど。そのケースの行方を見届ける前に俺は踵を返してキッチンへと向かったからね。なんかゴガン、とかなんとかいい音がした気がするけどきっとそれは気のせいだ。俺の大リーグ仕込みの投球術は本物なんだぞ。投げたのは球じゃないけど。

「うー、いってぇ‥‥。ああ、ごめんな、今日はごはんも美味しいお茶も用意してねーんだわ」
「そんなだからキミ、ユーロが揺らぐんじゃないのかい。対ドルのユーロ安誘導は本気で止めてくれないかな」
「うーん、お兄さんも頑張ってんだけどねぇ」

勝手知ったる人の家、と言いたいけれど、実のところ俺は彼の家のキッチンの勝手なんてしらない。
いつもなら黙ってたってコーヒーは出てくるし、なんだかいいにおいのするちょっと小さめのお菓子や料理が出てくるから。だから、俺は彼の家のキッチンの構造なんてこれっぱかしも知りはしないけれど、まぁ台所なんてそんな奇抜なデザインをとる場所でもない。
浄水器のついた広めのシンク、一人暮らしには大きいんじゃないかってサイズの冷蔵庫。コンロにオーブンレンジに、あとはなんだかよく解らない調理器具類。真ん中に据えてあるのは、木と大理石で出来た調理台だ。
そのなかで、俺は解るものに触って解るだけの用意をする。

「頑張るだけじゃ意味ないだろう。ユーロが揺らぐと、めぐり巡って俺が日本にちくちく文句を言われるんだぞ」
「お前だって対円のドル安誘導してるくせに。文句くらい言われてやんなさいな、毎日甘えまくってんだろー?」
「甘えてなんかないんだぞ!というか、むしろ彼はキミに文句が言いたいんだろうけれどこっちに来れないから俺にいうしかないんじゃないのかい?」
「あれ、飛行機も止まってたか?」
「ところどころね」

因みに俺はフランクフルトを経由してこっちにきたよ、とかなんとか言いながら、コーヒーを淹れ、冷蔵庫にあったプリンだかケーキだかよくわからない、とりあえず美味しいのだけはわかるお菓子を取り出す。
皿にあけたところで、なんとなくスン、と鼻を鳴らしてみる。甘い匂い。
‥‥うん、おかしなところはない、かな?

「なぁフランス、これいつ作ったんだい?」
「んぁー?あー、ストが始まる前かな、いや後だったかなぁ‥‥。カルフールがまだ開いてた頃だったから、」
「‥‥‥‥もういいよ、キラーフードにはイギリスで慣れてるからね」
「ちょっ、アイツのアレと同類項にまとめないで!」

片手に2客のマグカップ、片手にお菓子を盛った皿。それらを携えて歩きながらの呟きに、わりと本気の悲鳴がリビングから響いてきたけれど、知るものか。

まぁね?彼が自己主張大好き、ストライキ大好きな迷惑なおっさんなのは今に始まったことじゃないんだけれど。

「空港に行けばロワシー行きはおろか地方空港も軒並みフライト見合わせ。仕方がないからドイツのうちまで飛んで、そこから陸路。国境を越えた辺りまではよかったけれど、パリに来るまでに止まった鉄道の代わりにバスに乗って、バスの代わりにタクシーに乗って、タクシーの代わりに、」
「代わりに?」
「‥‥きみんちは本当走りにくいな、石畳なんて全部撤去すべきだね!アスファルトにしなよ、アスファルトに。まったく、ランニングシューズの裏が傷だらけだぞ」
「アルフィ坊や、よくお聞き。パリの美しい石畳はゆっくりと優雅に歩く紳士淑女と恋人たちの為のものなの、撤去なんてしません出来ません愛の国が許しません」
「許すも何も、出来ないだけだろ。ストライキ大国め」

しかめっ面で言い返したのに、返ってきたのは苦笑だけ。
まぁ、確かに反論は出来ないだろう。現状を鑑みれば。

ストライキ中です、とはよく言ったもので、実際に『フランス』はストライキの嵐真っ只中だ。
そして目の前の、ぐったりとソファに沈んでいるフランスもまた、『フランス』。国家を体現する自分たちの体調や気分が国内情勢に左右されるのは、俺だって『アメリカ』である以上、解っている。況して、今回は近年まれに見る大規模ストだと言われれば、普段は菓子だコーヒーだ愛だと何だかんだかしましい彼がソファに沈んでいるのも頷けるというもので。
そのあたりの事情は他国の事情で他国の国民性なので、深くは言及するつもりはない。けど、けれどさ、軽く言及するくらいはいいだろう?なにせこっちはパリの街中をデモをすり抜け駆け抜けてきたんだから!

キッチンから戻れば相変わらずソファに凭れてるフランスの足元、派手に開いたケースから書類が飛び出し散乱していたのに俺は嫌そうに顔をしかめる。‥‥微妙に寝そべるフランスの頭にたんこぶらしきものが見えるけれど、気のせいだね。捕球ミスは投手の責任じゃないんだぞ。

「はいコーヒー。キミのも勝手に淹れたよ」
「メルシ。なぁに、今日は優しいな」
「ストライキ中のおっさんにもヒーローとして優しくする義務があるからね」
「たとえ豆の味わいも何もかも吹っ飛ぶ薄さでも優しいお兄さんは受け取っちゃうよー」
「ああ、手元にスコーンがないのがこれほど悔やまれたことはないよ。今からでもロンドンに行くべきかな」
「ユーロスターもストライキ中です。スト万歳!」
「くたばれ、フランス」

いっそ頭からコーヒーをぶっ掛けてでもやればストライキも中止されるんじゃないのかななんて半ば本気で思ったのが顔に現れたのか、俺がアクションをとる前にソファから伸びてきた手があっさりと薄いコーヒー入りのマグを2客ともさらっていった。
コトン、と音を立てて置かれたのはフランスが寝転ぶソファの前のリビングテーブル。俺は散らばった書類を避け、ついでに散らかった室内に一頻り視線を走らせてから、投げられていたファッション誌を押しやり無造作にそこに座って、もう片手に携えていたお菓子を持った皿を置いた。
フランスは、相変わらずソファに寝そべったままだ。‥‥もしかしたら、動けないのかもしれない。

飛行機も鉄道もバスもタクシーさえ止まって、パリの美しい石畳に鳴り響くのは恋人達の軽やかな足音じゃなく、デモ行進の怒れる靴音とシュプレヒコール。
ある意味ストやデモに慣れている国だから、深刻な暴動や政権崩壊に至ることはないだろう。まぁ、議会は燃やされたことはあるけど。けどそれは例外として、深刻な状況にないからこそ、彼は自宅でソファに寝転んでいて、‥‥ないからこそ、身動きがとれずに、蹲っている。
辛いかい、とは訊けないし、訊かない。他国の事情だ。
彼は『フランス』。現代の欧州を率いる大国。平等と友愛を謳う愛の国。‥‥今もストライキを敢行しデモを繰り広げる国民も、痛みを伴う政治運営を行う上司も、彼は愛している。
彼は、『フランス』。‥‥彼は、俺にとっての。

玄関を開ければ綺麗に片付いた室内、コーヒーや甘いお菓子の匂いを全身に纏わりつかせた彼が出迎えてくれる。温かい腕、待ってたとか愛してるとか、キス、とか。
全身で感情を表現して、全身で愛してくれる、フランスは、俺の。

「‥‥困るな、君がそんな調子だと、本当に」

ちゅ、となんだか恥ずかしい音がしたキスを終えれば、ソファの背凭れに手を掛けているせいか押し倒して腕の中に閉じ込めてるみたいな体勢になってるフランスの春の空みたいな目が、大きく見開かれていた。‥‥目の下、少し、疲れが見えてるかな、まあ大丈夫か。

「アメリ‥‥うぁ、」
「だから、本当に君が動いてくれないと困るんだよ。忙しいヒーローが走ってまで届けてやった書類なんだぞ」

床に散らばっていた書類を彼が何か言うより先に顔面に押し付けてやれば、ムードがないとか愛がないとかぶちぶち聞こえたけれど一切合財無視して、俺は散らかったリビングのテレビを置いてるチェストからプレステを引っ張り出す。何だかんだいって俺と同じくらい日本の一部の文化に嵌まってる彼の家には、俺のうちにあるゲームソフトとはちょっと傾向が違うけれど、北米未発売のソフトがあるのがいい。フランス語なのは気に入らないけどね。

「アメリカ、なぁ」
「さっさとストライキなんて中止して、薄くないコーヒーでも淹れてきなよ」

テレビとハードの電源を入れたら、ゲーム本体に入りっぱなしだったソフトのデモ画面が始まった。‥‥ギャルゲーかい。君ね、自宅に閉じこもってギャルゲーって本当日本のこと笑えないんだぞ。彼のほうがまだイギリスが遊びに来るときは取り繕ったり、イベントに日本国内を駆け回ったりで外出‥‥って、どっちもどっちか。
そんなことを思いながらも結局そのままプレイすることにして、俺はテーブルの上に置いたお菓子に片手を伸ばし‥‥て、見事に空を切った。
見れば、置いたはずの皿がない。
寝そべってたはずの、フランスが居ない。

「え、ちょっとフランス」
「‥‥味と愛情が濃いめのコーヒー淹れてやるから待ってな。あとさすがに日が経ってる生菓子はな‥‥、たしか焼き置いといたガレットが棚にあったから」

あ、そうそうこのババロアは6日前のだわ、とかなんとか呟きながらうっそりと立ち上がろうとするフランスの手にはお菓子の皿と、いつの間にか飲みきられたマグカップ。なんだい、結局飲んだのかい。
億劫げな身ごなしは、たぶん外はまだストライキもデモも継続中で、飛行機も鉄道もバスもタクシーも止まっているからだろう。けれど、それでも立てるのは『フランス』がデモもストも慣れた成熟した国家だからで、フランスが、美味しいコーヒーと菓子を恋人に用意することを至上命題とする、俺の恋人だからだ。

「あ、ふらふらする‥‥。ユーロ頑張ってー、ドル高ユーロ安で輸出産業に活力を!アメリカ、プジョーの新車買わない?」
「だからドル高誘導は許さないぞって言ってるだろう。円にしなよ、円に」
「お前ねぇ、あんま日本に甘えてると手痛いしっぺ返し食らうぞ。HENTAIビデオの輸出禁止とか」
「‥‥ipadと引き換えになら売ってもらえるかな」
「スティーブが泣くぞ」
「ガレットよりマカロンのほうがいいんだぞ」
「はいはい」

生返事をしながら、ふらふらとキッチンに向かう後姿を見送る。‥‥ううん、駄目だな、まだ交通機関のストライキは継続中っぽいぞ。バスや鉄道はともかく、飛行機はわざわざ隣国まで行くのは面倒すぎる。

「もう、はやくしっかりしてくれよ、本当に困るんだぞ。第一、帰れないだろ、俺が」
「ふぅん?‥‥ならずっとストライキしてようか、可愛いお前がここにいるんなら」




ニヨニヨしながらキッチンから戻ってきたフランスを殴るのは、とりあえず美味しいコーヒーとお菓子の皿がテーブルの上に置かれてからにしよう。









ストライキ・ドットコム





end.(2010.09.11)

軽い時事ネタ、かな?まぁストはいつものことか!^^
ロワシー=シャルルドゴール空港の愛称。スティーブは勿論、ジョブスのことです