在るのは目を灼く夏の光。熱。それから、
P O W E R S O U R C E
「‥‥暑い。」
零れ落とされたその言葉を、拾い上げた不破は無言のまま、心の中の解析用(何を解析するのかは本人のみぞ知る)データベースにカウントを記録する。
「暑い。」
プラス。
「あーつーいー‥‥。溶ーけーるー‥‥。」
さらにプラス。因みに零れ落とされた、という表現は正確ではない。『零れ落』とされ、というからには『溢れる』というニュアンスを含んだ上部から下部への移動、またはそれに類する動作を指さねばならないところだが、この場合『溢れる』『零れる』というニュアンスは正しく合致しているものの、『落ちる』には些か高度が足りない。いや、些かどころではないか。
床に投げ出された175センチの身体は高度ゼロ、落ちるも何もないというものだ。
不破大地という少年には珍しい、取り留めのない思考が頭をよぎる。
まぁそれも無理からぬことか。
本日快晴、現在気温は36度。天気晴朗、波高し‥‥かどうかは不明だが、真夏日。
「‥‥‥‥暑い。」
「いい加減五月蝿い、藤代。」
不破は手にしていた文庫本を閉じつつそう告げた。
呟きのカウントも忘れない。プラス、1。
パタリと閉じられた書籍が起こす、微かな空気の流れさえ涼として捉えてもいいような、開け放した窓の外は全くの無風状態。
寮周辺に植えられた木々の深い緑は、視界を灼く光を宿していた。
在るのは目を灼く夏の光。圧倒的な熱。夏の力。
「‥‥ッあーッ、暑いーッ!だーッ!!」
プラス1、付属として間投詞が2‥‥と、脳内データノートに書き込んだところで、不破はそれに付随する考察を遮られた。
圧し掛かられる、背中に重み。と、熱。
「‥‥なんだ、藤代。」
「‥‥‥‥暑いんだってば。」
「五月蝿い、それは‥‥、んッ」
解っている。と、続けようとした不破の言葉は、今度は肩越しに伸びてきた腕と、唇に遮られ。
「‥‥ッじ、しろっ、」
「んー‥‥」
「ッいきなり、何をするッ、」
「んー‥‥?」
「いや‥‥暑いのまぎれるかなーって思っ‥‥。」
ドカッ!!
「痛いっ!ちょ、蹴ッ、何すんだよ不破いきなりーッ!」
「それは此方の台詞だ。」
「‥‥え?あ、ちょっと不‥‥ぅわッ?!」
汗も滴り落ちそうな腕の中に閉じ込めた、いつも涼しげな表情と気配をした恋人の、甘い唇を堪能していた藤代に、唐突に且つ強烈に放たれた膝蹴りをかわすことなど出来よう筈もなく。
鳩尾に綺麗に入った膝に悶えつつ、それでも抗議した声は、淡々としてけれど放たれた膝蹴りどころでなく強烈な気迫のこもった応答と、さらに行使された蹴り(廊下直行)によりあえなく遮られ。
「ちょ、不破?!開けてってば、え、ちょっとなんで鍵かけんだよー、ってか此処俺の部屋じゃん?!」
「五月蝿い。」
ダンダンと、その部屋の住人本人によって開扉を請うて叩かれる寮のドアは、長の年月に古びてはいるけれども、叩いたくらいでは壊れはしない。
「ねーぇッ、不破ってば!!何で?!」
「五月蝿い。」
「‥‥うぇー‥‥不破ーぁ‥‥。」
締め出された廊下は、部屋と同様に夏の熱気に満たされていて、ずるずると座り込んだ床も、やっぱり暑かった。
ただ、見えるところに涼しげな容貌の恋人が、居ないだけで。
「暑ーい‥‥。でも寒ーい‥‥。」
藤代は、暑くてもいいから不破のぬくもりが欲しいなぁ、と、暑さにボケた頭で、どこか寒々しい思いを抱えたものだった。
閉じたドアの向こう側。
叩かれるドアの衝撃を背中に受けながら、不破の視界は窓の外へ。
在るのは目を灼く夏の光。圧倒的な、夏の熱。
‥‥それ以上に、力強い、触れられた、彼の熱。
「‥‥熱いっ、」
ドアの前に座り込みながら、呟いた己の言葉をカウントする余裕は、不破には残されていなかったことを、ドアの外の藤代が知るのはもう少し先のこと。