たった一人を見つけた君に。


















「‥‥あ、」

雑踏の中、突然歩みを止めた三上に、隣りを歩いていた渋沢は数歩遅れて立ち止まる。

「どうした、三上、」
「ん、いや‥‥なんでもない。行こうぜ、邪魔だ」
「‥‥ああ。」

振り返って問うた渋沢に返ってきたのは、そんな言葉。
何処か‥‥何かを見ていたような視線を、渋沢の言葉に合わせて前に返し、振り返って怪訝そうな顔をする渋沢の腕を軽く叩いて歩みを促す。

ショッピングモールは平日にも関わらず多種多様な人間で溢れ、どこか音楽にも似た独特のざわめきが、その場を満たしていた。
メインストリートに相当するその場所は中でも人が多く、確かに立ち止まるには不適当な場所である。ましてや、人並以上の身長をした(とくに片方)20歳前後の青年2人がぼんやりと立ち止まる姿は、不適当を通り越して奇妙ですらあった。
立ち止まったその本人に促されて歩き出すという、矛盾した行為はさて置くとして、渋沢は促されるままに歩きながら、一瞬だけ、さきほど三上が見ていた物を探して視線を廻らせ‥‥、その正体に気づいて、ほんの少しだけ、目を伏せた。









『三上亮』という人間は、渋沢にとってひどく不思議な存在だった。
思春期の根幹をなす時代を、寮というある種特殊な空間において24時間、文字通り寝食を共にしてきた存在。
6年という時間は長くもないが、短くもなく。
進路がはっきりと分かたれた今も、こうしてたまに行動を共にするけれど。
‥‥それでもなお、三上は不思議な存在だった。


『三上は、人間が嫌いなのか、』
『ああ。』


短い問いに短い肯定。
ひどく納得した自分がいた。

人間が嫌いな三上。
人ごみは嫌いだと言ってあまり外には出たがらなかった。
だから、きっと誰より長い時間を、彼と一緒に過ごした。



『独りで、生きていくんだ』



そう言って寄り添っていた、あの頃。









「さっき、」
「‥‥ああ?」
「何見てた?」
「‥‥別に。」
「いい色のソファだったじゃないか。三上、相変わらず趣味がいいな。」
「‥‥‥‥判ってんなら訊くなっての。」

その科白に三上は一瞬の空白の後、嫌そうな表情で、コーヒーを飲む渋沢を小突いた。渋沢といえば、別段気にするでもなく、ミルクと砂糖をキッチリ入れたコーヒーを啜っている。
スポーツ選手に刺激物はご法度。昔から変わらない、渋沢の嗜好だ。
先ほどの通りから道を2本ほど外れた場所にあるコーヒーショップは人も疎らで、あの人の群れと同じ街に存在するとは思えない人気のなさだった。

「あのソファ、綺麗だったけど何ていう色なんだ?濃い青で‥‥、藍、縹、褐‥‥はちょっと濃いか。」
「‥‥お前は平安貴族か。青でいいだろ、青で。」
「縹色の方が典雅だろう。」

だからお前は年齢詐称とか言われるんだよ、全く‥‥。ため息混じりのそんな言葉も聞き流して、渋沢は窓の外を見る。
窓際に座った二人だが、隣接するビルに阻まれて空は見えない。
見えたところで、ぼんやりとくすんだ空でしかないのだけれど。

「‥‥‥‥色もいいけど、形がな。」
「へぇ。」
「結構、気に入った。」
「そうか。」

座り心地良さそう、と、ボソボソとした声で言った後、三上はミルクと砂糖の入ったコーヒーを飲む。
誰よりも一緒に居たからこその、同一の嗜好。
6年の間に培われたこの嗜好は、三上がスポーツを止めた今でも変わらない。きっとこれからも変わることはないだろう。
三上には気づかれないように、ひっそりと笑った。









人間が嫌いだと言った三上。
ひどく納得して‥‥安心していた、自分。


(三上の一番傍にいるのは、俺)



『独りでだって、生きていけるんだ』



人間が嫌いだと言っていた三上。
‥‥‥‥彼が、誰よりも人を好きになりたがっていると気づいたのは、いつだったろう。



『たった1人の、誰かが欲しいんだ』



三上の『たった1人』が、決して自分のことではないと気づいた日は、よく覚えているのに。








「‥‥っと、じゃ、そろそろ帰るか。」
「そうだな。」
「あ〜あ、たりィなー、今週中にレポート3つもあるんだぜ?最悪。」
「学生さんは大変だなぁ。」
「お前は?」
「今週はホームゲームだよ。」

コーヒーショップを後にして、最寄の駅への道をたどる。
次の約束はしたことがない。
会いたくなったら会えばいい。いつものことだ。

「じゃぁな、がんばれよ渋沢。」
「三上もな。」

改札で短い言葉を交わす。
後ろ手に手を振って、それぞれの道を歩き出す。

「三上、」
「何、」
「‥‥‥‥‥‥にも、よろしく伝えてくれ。」
「ん、ああ。」

嫌いだと言っていた人ごみを、泳ぐように綺麗に歩いていく三上の、ボソボソとした声は、溢れる雑音にかき消されそうになりながらも、渋沢の耳にそれは痛いほど鮮明に、届いた。









スタスタと、1人歩く。
相変わらずの溢れるような人間の群れ。音楽の様なざわめき。

‥‥‥‥見つけた。

「すみません、あのディスプレイしてあるソファ、欲しいんですが。‥‥ええ、宅配。贈り物なんです」

たった独りで生きてきた、大切な君の。
君が見つけた、たった1人の大切な人と、心地よいソファに、二人で。



2人掛けの青いソファは、きっと彼らの部屋に似合うだろう。












見上げれば、ぼんやりくすんだ青い空。
けれど、あのソファの青と同じくらい、綺麗だと感じる。

自分だけの『たった1人』を見つけた三上に、祝福の言葉を。
渋沢は目を閉じて、眼裏に広がる美しい空に、胸の奥の痛みと一緒に、ヒソリと言葉を放った。






end.

back