好きだからという理由で傷つけたり優しくしたり。
人間とはとかく理不尽で難解な生き物だ。






















恋愛コンプレックス















「英士見てると殴り倒したくなるんですよね、たまに。」
「ほほぅ。」

明日の天気の話をするような、それはそれは自然な口調で彼は理不尽な発言をした。
其れに対する返答も、肯定でもないが否定でもありえない、ごく自然な口調がいっそ不自然なものだった。
が、当人達は気にした様子もない。
一人はたまごサンドのふたつ目をビニールの包装紙から取り出し、その隣りでは相づちをうった人物が重箱(中身は勿論自作)と箸に取り皿を用意し、日本茶(水筒にて持参)を紙コップへと注ぎ分けている。
いたって平和で静穏な昼食の光景である。
不穏なのは会話の内容だけだ。

「なんかこう、むやみやたらに、メチャメチャにしてやりたくなる。」
「そうか。」

そよぐ風は優しく頬を撫で、座り込んだ芝生はやわらかく馴染んだ感触。
天気は快晴、一足早く終わった午前の練習の出来もまぁまぁ。
コンビニ新発売のたまごサンドも結構美味い。
これで気分が良くなかったら嘘だ、と一馬は思う。
思いながら、言葉をつなげる。

「イライラして、すごくこう‥‥ガツッてやりたくなるんだ。」
「ふぅん。」
「きっとびっくりするだろうな。」
「まぁ、普通驚くだろうな。」

視線の先にはフィールド。その中には、英士。
キラキラと輝く太陽の光を一身に受け、大きくはない身振りでしかし的確に周囲に指示を出し、フィールドを駆け抜ける英士を、一馬はじっと見つめる。

「郭は、そのときどうするだろう?」
「泣くんじゃないかな、英士、そういうとこ弱いから。」
「へぇ。」

吃と前を向き、フィールドを睨みすえた、彼の眼差し。

「でも怒れないんだ。英士、俺のこと好きだから。」
「そうか。」

遠く長い笛の音が響き渡る。

「‥‥したいな。」
「メチャメチャに?」
「‥‥うん、メチャメチャに、」

‥‥うん、真っ直ぐに自分へと駆けてくるその姿が。凄く凄く、



「一馬!」



綺麗だな、とか。そう思うと、なんだかこう、

「‥‥‥‥メチャメチャに、キスしてやりたいな。俺が、英士のこと好きだから。」
「そうだな、殴り倒すよりはいいと思うぞ。」

笑って事も無げに言った渋沢に、一馬はチラッと目をやって、駆け寄ってくる英士のほうへと、歩いていったのだった。





手に持っていた紙コップを、横から伸びた手が攫う。

「恋愛感情とは、難解なものだな。」
「そうだね。」

感情の乏しい声でのその感想に、渋沢はやわらかい笑みを沿えて返した。

「いろいろあるのが、恋愛感情なんだよ。」
「そうなのか。しかし殴り倒す‥‥ふむ、まだまだデータ不足だな。」
「これから集めていけばいいよ。」

紙コップのお茶を啜る少年の頭を撫ぜながら、渋沢は、殴り倒すより、今の俺はメチャメチャに優しくしてあげる時期だからね、と心の中で呟いた。

そして、視界の端で、一馬が英士にキスしているのを捉えつつ(ついでに若菜の絶叫とか桜庭が凍りついているのを捉えつつ)。
この上もなく、優しい優しい声で。



「不破くん、今日のお弁当の出来はどうかな?」





end.(06.30/2002)

優しくするのも傷つけるのも全部全部自分だけが
やってやりたいと思うのが恋愛なのだ。
1話完結型、あと2作で終了。


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