目を閉じれば思い出すのは、

雲ひとつなく澄み渡った青い空。
ブランコの鎖の反射。

ずっとずっと、覚えてる。




















夏日















「ねぇ、それなんていう歌?」
「‥‥っ、」
途切れた声に、声を掛けなきゃよかったと、ちょっと思った。
振り返ったそのコは、びっくりしたみたいに(いや実際びっくりしてたんだろうけど。ビクつき方がなんていうか、可愛いんだよね。いっつも)ちょっとつり気味のおっきな目を見開いてて、そういう表情を見れたのは嬉しかったけれど、途切れた歌声が、ちょっと惜しいなと思ったから。
だから、まだぼーっとぼくの方を見てるそのコの名前を呼びながら、訊いたんだ。

「なんて歌?カズマ。」
「‥‥ユン。」

一馬は、答えてくれなかった。それどころか小さい声でぼくの名前を呼んだ後、ふい、って感じに目を逸らして、うつむいてしまった。
ありゃりゃ。

一馬が座ってたブランコの、塗装のはげた鎖が夏の太陽にキラキラって、光ってた。
見上げた空には雲が一つもなくて、すごくすごく青かった。

俯いた一馬の横で、ぼくは立ったまま。
それらの光景を、今も覚えてる。






一馬は、僕の従兄弟、ヨンサの友達だ。
もちろん、僕の友達でもある。
初めてあったのは数年前、やっぱり同じ様な、暑い夏の日だった。
そのときは人見知りされて、ちょっと困ったっけ。
でも僕はヨンサや一馬や、そのとき同じように紹介された結人よりも、一つだけ年上だったから、困ったなんて顔はしなかったよ。だって、おにーさんだからね、ぼく。
仲良くしなくちゃ、って思ったんだ。

『こんにちわ、‥‥カ ズ マ?』

だから、にっこり笑って、それから震えてた手を強引に握って、まだ日本語がそれほど上手じゃなかった僕の、ゆっくりとした発音に、一馬はびっくりしたみたいに僕のことを見返してきた。
でっかい目を見開いて、口とか、ぽかーんて感じに少しあけてさ。
その顔がなんだかとっても、‥‥そう、とっても可愛くて、ちょっと笑ったら、ほっぺた膨らませて、ぶんぶん握った手を振られた。

『こんにちはっ、ユンギョン!』
『ユン で、いいよ?』

握った手を振ってくれた事とか、名前を呼んでくれたこととか。
そういうのが、いちいち嬉しくって、さっき見せた笑顔よりもとっておきの其れでそういったら、一馬もちょっとだけ笑ってくれて、その顔はやっぱり可愛くって嬉しかったこと、覚えてる。
すっごく、覚えてる。






「‥‥ねぇ、カズマってば。」
「‥‥‥‥なんだよ。」

ぶすったれた声が俯きっぱなしの一馬から返ってきた。
俯いちゃってるからどんな表情か見えなかったんだけど、どんな表情か判っちゃうのは、ぼくらあの日からずっといっしょに居た、友達だから。

「可愛くなーい、一馬の声。」
「可愛くなくて結構。」
「うわ、なんかそのしゃべり方ホント可愛くないよ止めようよ、ヨンサみたいだよ。」
「‥‥ユン、こっそり英士に暴言吐いてるって自覚、ある?」

一馬の声はすっごい呆れた調子が良く出てて、ブランコに座ってる一馬の横に立ったままで、僕はけらけら笑った。そしたら一馬も笑ったみたいだった。俯いたままだけど。
俯いたままでも一馬がどんな表情してるのかなんて、判っちゃうよ。だって僕ら、友達だからね。

「でも歌は可愛かったよ。一馬、歌上手だね。」
「‥‥だから可愛いとかいうなよ。」
「ねぇ、なんて歌?」
「人の話きけよ、お前‥‥。」

俯いた一馬と、立ったままのぼく。
夏の日差しは容赦なく、そのまま溶けていきそうな熱を僕らにくれる。
分け隔てなく熱を。一緒に居る僕らに。一緒に居た僕らに。




明日、お別れする、僕らに。




「‥‥‥‥って、云う。」
「え?」

声につられてぼくは一馬を見た。一馬は俯いたままだった。
でもどんな表情してるかなんて、僕には判るんだ。一馬。

「だから、歌の題名。」
「‥‥そうなんだ。きれいな、歌だね。」
「うん。」

だって僕らは、友達だから。

「オゼ、って何?歌詞に出てくる。」
「どっかの、地名。」
「きれいなとこなのかな。」
「多分。」
「一馬の歌も、きれいだったよ。」
「‥‥‥‥。」

だってぼくは、きみが好きだから。

「また、聴かせてね。」
「‥‥うん。」

一馬は俯いたまま、僕はたったまま。
雲ひとつなく澄み渡った青い空。
ブランコの鎖の反射。
出会ってからこれまでのこと、とっておきの笑顔、びっくりした一馬の、おっきな目。
震えていた僕らの声。

地面に吸い込まれた、涙ひとつぶ。







ずっとずっと、覚えてる。
眼裏に残る青い空、ぼくの大切な思い出。


「また、聴かせてね。」
「うん。」


‥‥僕の大切な、キミを。





end.(06.23/2002)

夏が来れば思い出す 遥かな尾瀬 遠い空
まなこ瞑れば懐かしい 遥かな尾瀬 遠い空
『夏の思い出』より


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