往来のド真ん中、胸倉掴んでキスするキミの、愛らしさときたら!





















プラスバイ





















渋沢克朗には、可愛い恋人がいる。
それはそれは可愛い人だ。
大きな瞳も、整った眉も。10人居れば10人ともが『可愛い』と評するに違いない、愛くるしい顔立ち。
優しいブラウンのネコっ毛はその色合いに違わず優しい指通りをしていて、厭くことなく撫でていたくなる。
野外のスポーツを好むにもかかわらず、いつもキメの整った柔らかな白い肌は、ほっそりとした肢体とも相まってついつい抱きしめたくなってしまう事請け合いだ。
実際、その細い身体は抱き寄せれば渋沢の腕にすっぽりと納まって‥‥

「ウザイよッ!!離しな、渋沢!!」

ドカァッ!!

すっぽりと、納まってくれる身体ではあったが、収まってくれる気性ではなかった‥‥。
渋沢は物も言わずにその場に頽れた。‥‥それでもその『可愛く、愛らしい』恋人の身体にまわしていた手は外さないままなあたりは、誉めていいのか悪いのか。

「‥‥ッ、ナ、ナイスブローだ、椎名‥‥。」
「渋沢も外さない腕はナイスガッツだねスゴイスゴイ。」

パチパチパチと拍手などしながらこのうえもなく綺麗な笑顔で嘯くのは、抱き締めてきた渋沢の脇腹に強烈な拳を叩き込んだ、『可愛く、愛らしい』渋沢の恋人こと、椎名翼。

‥‥休日の往来でしゃがみ込んだ大男(酷)をしがみ付かせたまま笑顔で拍手をしている美少女(あくまで外見)に、道行く人は言い知れぬ何かを感じ取ってか、なんとなく目を逸らして歩き去ったものだ。











『椎名ねぇ‥‥。外見は満点なんだけどな‥‥。』
『俺には耐えられねぇよ‥‥。』

椎名翼は可愛い外見だ。が、彼ほど外見と中身のギャップの激しい人間もめずらしい、と彼を知る多くの人間の、口を揃えてのその主張。
明晰な頭脳は、敵対者の心をそのまま遠心分離機にかけられそうなくらいにコナッゴナに粉砕する話術となり。
愛くるしい華奢な肢体は、恐ろしいほどの魅力と破壊力を併せ持つ優美なネコ科の動物のようで。
その愛らしい外見に惑わされ、泣きを見た人物は数知れず。

椎名翼は、危険だと。多くの人が言うのだけれども。
‥‥けれども。











「まったく‥‥。」

椎名はスタスタと歩く。正確には、己の背後にくっついたモノ、もとい恋人をそのまま引き摺って、スタスタと。‥‥引き摺りながらもスタスタ歩ける椎名の膂力脚力は推して知るべし。
そう、スタスタ歩いてそしてピタリと立ち止まる。
移動先は道の端。

「ほら、渋沢。いい加減起きろ。完璧に急所に入れたわけじゃないんだから、もう立てるだろ?立てるよな?立て。」

‥‥‥‥正確無比な体重移動で叩き込まれたリバーブローをそんな言葉で済まされた渋沢だったが、事実立てないわけではなかったので、渋沢はゆっくりとした動作で立ち上がった。

「‥‥痛いぞ、椎名。」
「バーッカ、いきなり抱きついてくるお前が悪いんだよ。もぅ、遊んで欲しいならそう言えばいいのに。」
「言ったら『天下の公道でそんな暑苦しい真似やってられるか!』とか言ってやらせてくれないだろう。」
「よく解ってるじゃない渋沢、無駄にニョキニョキ成長してるわけじゃないんだね。」
「ニョキニョキ‥‥。はは、雨後の筍みたいだなぁ。そうだ秋には筍ご飯つくろうか。椎名は筍好きか?」
「好き。」
「そうか、じゃあ秋が楽しみだな。」

再び歩きはじめた恋人たちの、絶妙にかみ合っていないそんな会話は、非常に微笑ましいような、そうでないような。











『いくら可愛くても、あのクチの悪さは勘弁だ‥‥』
『なんてーの、外見と性格でプラマイゼロだよな。』

頭を抱えたり、苦い笑いだったりで。
そう、だれもがそう言うのだけれど。











「っていうか渋沢。何なわけ急に抱きついてきて。さすがに俺も往来でヤらせてあげるほど羞恥は捨ててないんだけど。」

休日の往来は適度に込んでいて、何処へ行くのか行き交う人も楽しげに見える。
渋沢はそんな人の群れを己も身を任せながら、ぼんやりと眺め、歩いていた。眺めながら、言葉を返す。

「ああ、うん‥‥。なんとなくそんな気分で。」
「何となくそんな気分でお前は恋人を襲うワケ?」

サイアク、なんて毒づく声に渋沢は軽い笑いで答えた。

「だって、可愛いなぁと思ったから。」











そう、彼の恋人は誰より可愛い。
クチの悪さでプラマイゼロ?冗談じゃない。

炎の如きその気性。鮮やかなその存在全てがプラスプラス。
ほら、やっぱり。

「可愛いよ、椎名は。」











「ふーん‥‥渋沢。」
「何?‥‥っと、」











往来のど真ん中。胸倉掴まれ、されるキス。









「‥‥何なのかな、このキスは。」
「あんまり渋沢が可愛いから、襲ってみたくなったんだよ。」













渋沢の胸倉を掴み引き寄せたまま。にっこりと愛らしく笑っていう彼の、その可愛らしさときたら!







end.