夏料理
コトコトコト、と鍋の音が耳に響く。
鍋の音というのは本当に正しく鍋の音で、いやもっと正確に言えば土鍋の蓋の音?いやいやでも揺れているのは鍋のフタだけれど音を立てるのは鍋と鍋の蓋がかち合う音なわけであってやっぱりそれは鍋(と鍋の蓋がかち合う)音、なのだ。
それが正しい。
だからどうしたってわけでもないけど。
「‥‥うん、もういいかな。」
「いいんですか?」
「おそらく。」
「おそらくですか。」
そう言った俺に返されたのは湯気越しの笑顔だ。
鍋(と鍋の蓋がかち合う)音がしなくなった。代わりに湯気の白さが目についた。
「しかし何故湯豆腐‥‥。」
「や、なんとなく。」
「なんとなくですか。」
「ああ。」
なんとなく、でこの人はわざわざ残暑厳しい8月の炎天下に豆腐屋(それは正しく豆腐屋でスーパーとかコンビニで売られているパックに入った豆腐とは比べ物にならないくらいの豆腐の中の豆腐を売っている豆腐屋だ。)で豆腐を買い(ついでに厚揚げも買ってきた。今は冷蔵庫の中で冷やし中、冷えたところを薄めの出汁を掛けていただくのだそうだ。)生醤油とカツオ(塊)を持参した挙句正しい調味の『さしすせそ』で付け汁を作成しそれは見事な包丁捌きで小口切りにした葱に生姜と紅葉おろしを当然の如くに添えて温度設定を22度まで下げたエアコン(省エネタイプ。因みに今年買い換えた消臭も出来る高性能だ。)のもと、湯豆腐をするのだろうか。
ヒトん家で。
「湯豆腐‥‥。」
「豆腐は嫌いか?」
「や、ほぼ毎日豆腐の味噌汁食べてます。」
「そうか朝食は和食派か。」
「米のメシのが食ったって気になるし。」
「そうだな、腹持ちがいいからな。」
クツクツと煮える土鍋の中で泳いでいる白い四角い物体は、確かに見慣れた食べ物だ。
母親の作る豆腐の味噌汁は好きだし、麻婆豆腐なんかも結構好きだ。大豆は身体に良いっていうし。(別に俺だっていつもいつもりんごジュースにたまごサンドを食っているわけじゃないということは主張しておく。いや、好きだけど。)
だがしかし。
「夏に湯豆腐‥‥。」
「いや、夏こそ湯豆腐だぞ?健康にいい。」
「そうなんですか?」
「‥‥多分。」
「‥‥‥多分ですか。」
昼時のテレビで主婦の心をがっちりチャッチしている某男みたいな台詞を言われてしまった。しかも多分か。そんな目を逸らして言われても。
‥‥締め切った窓の外からは小さく蝉時雨が聞こえる。
ああ、夏なんだなぁ。
夏だから湯豆腐かぁ。
うーん‥‥。
「朝起きたら湯豆腐の気分だったんだ。」
「湯豆腐の気分ですか。」
「美味しいのが食べたいなぁと。」
「そうですか。」
「で、真田にも食べさせたいなぁと。」
‥‥‥‥。この人のこういうところが、なんていうか、こう。
ああ、もう。全く。ねぇ。
「‥‥そうですか。」
もう、そう言うしかないじゃないか。チキショウ。悔しい。
「はい、どうぞ。」
「はぁ、じゃ、いただきます。」
「美味いか?」
「美味いです。」
「それはよかった。」
あんまり悔しかったんで、
「渋沢さん、」
「なんだ?」
身を乗り出してキスをした。
「‥‥なんだ?」
「冬にも湯豆腐、食べたい。」
「じゃぁ、作りにこような。」
「うん。」
夏の湯豆腐は大変美味だった。
だから冬も期待して、待つことにする。(とりあえずはこの後出てくる厚揚げだが。)
end.(07.20/2002)
春も夏も秋も冬も。
美味しいものたくさん食べさせたげるから。
「来年の夏は何を食べようかなぁ。」
「気が早いね渋沢さん。まぁいいけど。」
「その前に真田が食べたいなぁ。」
「‥‥まぁ、いいけど。」
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