the talk of the school days





















「珍しい人間が珍しいことしてるじゃない。」

呼びかけ代わりに言った台詞にスイと視線が寄越されて、有希は目顔で挨拶を返した後、がらんとした男子サッカー部室へと足を踏み入れた。

「小島か。」
「どうしたのよ、水野は?‥‥何、アイツ、不破に押し付けて帰ったの?」

部室の真ん中に据えられている古ぼけた机に広げられているのは、基本的に部長が毎日記し、顧問への提出を義務とされている部誌だ。その横には筆記具と、部室に一人きりの不破。その状況から察したことを口にすれば、いや、と淡々とした否定が返ってきた。

「正確には、佐藤が。」
「え?なんでシゲなのよ。」
「さらに情報を加えると、本日家内での用事がはずせない水野が風祭に頼み、請け負ったところを兄からの電話に呼び出された風祭が佐藤に頼み、更に佐藤から俺に回された。佐藤の用事は、知らん。」
「‥‥単純に面倒だからって、サボったんでしょ、全く‥‥。不破も引きうけなきゃいいのに。」
「別に用もなかったのでな。」

淡々とした口調でそういうと、不破はサラサラと部誌を埋めていく。有希はしばらくぼんやりとその様子を見ていたのだが、不破の対面に位置する椅子を引くと、スカートを軽く直しながら腰掛けた。カタン、と同性のクラブメイトとは違った丁寧さで引かれた椅子の音に、不破は筆記する手は止めずに其方を見た。

「水野に用でもあったか。」
「まぁね。数学の課題プリント失くしちゃったみたいで、コピーさせてもらおうかなと思ってたんだけど‥‥。」
「袴田のno.15か。なら、俺もまだ白紙のものがある。それを使うといい。」
「あ、ホント?ラッキー、助かったわ。」

有希は考えていたのとは別の方法だが、とりあえず目的が達成された事にほっと息をついた。提出期限が明日にせまってから紛失に気づき、しかし部活終了時間を過ぎた学校にはプリントを借りれそうな友人は残っておらず、少し焦っていたのだ。

「不破、まだ部誌にかかりそう?なら、その間に借りてコピーしてくる。」
「いや、あと少しだ。職員室に提出に行くときに一緒に行こう、そちらでコピーしたほうがいい。‥‥職員室ならタダだ。」
「アンタ、ワリとちゃっかりしてるわね。」
「コピー室のコピー機が法外なんだ。一色刷りで一枚60円などと、公正取引委員会に訴えたいくらいだぞ。」
「アハハ、まったくだわ。」

淡々とした口調の不破の軽口に、カラリとした笑い声を上げる。
有希は頬杖をついて、目の前の同級生のサラサラとよどみなく動く手先を覗き込めば、思いのほか流麗な字で空欄が埋められていた。

「欠席者‥‥一年の休みが多いわね。」
「そうだな、今一年のほうで風邪が流行っているらしいから、そのせいだろう。」
「新人戦が近いから、あんまり休まれると痛いわね。」
「かといって部内全体に広がるのも拙い。が、練習内容に格差がでるのは問題だな。」
「基礎練はともかく、戦術理解に差がつくと面倒かも。」
「水野とも話したのだが、部内のミーティングのほうでも‥‥」

休む間もなく筆を走らせながら、自分との会話にも丁寧に応じる不破を、有希はじっと見ていた。

彼についての噂は幾つも知っている。

無口で無表情、たまに口を開けば正論武装した言葉で痛い部分を切り刻み、生徒も教師もお構いなし。そのくせ喧嘩もめっぽう強い。オールマイティ、文字どおりの天才。‥‥こうしてクラブメイトとして付き合う前は、自分とは関係ない位置に居る人間だと思っていたのに。

数学のプリントを貸してくれたりとか、字が綺麗なこと知ったりだとか、サッカー談義をするだとか。
そういう関係になるとは思ってなかったのに。

(‥‥噂なんて当てになんないわ。)




「小島?どうした。」

その声に、一時のもの思いから引き戻された。
瞬きして焦点をあわせれば、机から心持ち身を乗り出すようにして不破が有希を覗き込んでいる。
有希は妙にドキマギしながら、僅かに身を引いた。‥‥顔が赤くなってないといいのだが。

「え、ううん、なんでもない。ゴメンちょっとぼーっとしてた。」
「ならばいいが、‥‥風邪じゃないのか?」
「違う、違う。部活のあとだし。」

ぱたぱたと顔の前でてのひらをふりつつ答えると、そうか、と相変わらずの恬淡とした声が返された。‥‥その声が僅かの心配と、安堵を含んだものであることに気づけたのは、これまでの付き合いの賜物というものか。

「‥‥こんなものかな。」
「あ、終わり?っていうか不破、真面目に書き過ぎ。水野より書き込んでるじゃないの。」
「そうか?」
「明日からムキになって書き込んでる水野の姿が目に浮かぶわ。」
「それはそれで面白いだろう。」
「性格悪いなぁ。‥‥面白いけど。」
「人のことを言えた義理か。」

机の上や周囲を手際よく片す不破に、有希も席を立ち開いた窓の施錠を手伝う。
室内のひととおりの整理をする不破を見て、此処がいつ来ても男子部の部室にしてはそれなりに片付いているのは、主将である水野の性格もさることながら、意外に綺麗好きな不破のせいでもあるかもしれない。

(綺麗好き、なんて噂はなかったなぁ。)

立て付けの悪いドアをくぐりながらそんなことを思う。
‥‥ほんの少しだけ気分がいいのは、明日も晴れそうな綺麗な夕焼けのせいか、隣を歩く少年の噂になかった一面を知ることが出来たからか、なんて。
解りきった問いをひっそりと、心の中で呟いた。

「そういえば、其方も部員が増えたと聞いた。忙しくなったのではないか。」
「あ、そうなの!そーれーも、待望の一年生!経験はないんだけどね、以前陸上やってたとかって、足が‥‥」





不破から振られたその話題に、有希は目を輝かせて応じた。
その姿に、ほんの少しだけ不破が笑んだことを。有希はまだ、知らない。






end.(03.11/2004)
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