「ねぇそこのカレシ。一緒にお茶しない?」
「いいぞ。」
ストロベリィジンクス
不破は耳から離した携帯電話の通話を、一拍おいてから、切った。
ピ、と小さな電子音と共に、ディスプレイに通話時間が表示されたのだが、それには目もくれず。
ハトコから貰った極薄型の最新機種を、2、3素早く操作したのち折りたたみ、無造作に鞄へと突っ込んで。
それからようやく、己の前方、やや下方に、目を遣る。
カチリと合った視線の先には、茶色の猫っ毛頭と、輝くばかりの華麗な笑顔。‥‥よく、見知った。
「あれ、ナンパ成功?」
「‥‥たまには。」
「ふぅん?じゃぁ美味いモン食わせてやるよ。行こ。」
「わかった。」
言われるままに、というか、気づけばしっかり手を取られ。
引かれるままに不破はその場を後にした。
因みにここは天下の往来、ついでにいうと待ち合わせの定番スポット。
不破がこの場にやって来てから2時間24分後、本日の本来の待ち合わせ相手との電話を済ませた後の、出来事である。
「ハイどーぞ。美味しいんだよココのジェラート。」
「いくらだ?」
「奢ってやるよ。言っただろ?お茶しませんかって。」
「ジェラートは飲み物ではないが。」
「うるさいよ、奢ってやるっていってるんだから、そういう時はありがとう、で済ませばいいんだよ。」
「ふむ。‥‥では、ありがとう、だ。椎名。」
「翼でいい。」
軽く笑ってそう言いながら、椎名は不破の隣りに腰をおろした。
不破が手を引かれるままに連れてこられたのは、先ほどの場所からさほど離れていない、大きな公園だった。
散策道と花壇を分ける石垣に軽く腰掛けて、不破は鞄を足元におき、中から携帯だけ取り出して膝の上において、椎名が露店で買ってきたバニラのジェラートを受け取った。
真っ青な空が眩しいほどの好天気、周りを見ればそこかしこで様々な人物達が寛いでいる。‥‥というか、イチャイチャしている。
「‥‥‥恋人同士が多く見受けられる場所だ。」
「ああ、なんかな、ジンクスがあるんだよ、ココ。」
「ジンクス、」
「そ。恋人同士でくると‥‥なんだったかな、その人とずっと幸せでいられる、だったかな?そもそも恋人になれる、だったっけ‥‥。忘れちゃったけど。まぁ、そういうの。」
「ほほぅ。‥‥あ、美味しい。」
「だろ?こっちのストロベリーのも美味いんだぜ。一口食ってみ?」
「‥‥ふむ。まぁまぁだな。」
差し出されたプラスチックのスプーンを咥えたまま、不破が器用にもそう言った。
無表情にそう言う不破に椎名は笑って、その口端についたジェラートを親指で拭ってやった。スプーンを口から抜き取る。
「だろー?いろいろ種類あるんだけれど、その中で一番好きなんだよね、ストロベリー。あーあ、ウチの近所にもお店出してくれればいいのに。」
「‥‥?椎名の家は、ここからそんなに離れていないのではないか?」
返したスプーンで再び美味しそうにストロベリージェラードを食べつつボヤく椎名に、不破は飛葉中の学区域と現在地の位置関係を頭の中に描き出す。
それからすれば、例え椎名の家が学区においてこの場所から最も離れた場所にあったと仮定しても、この場所までくるのにもの凄く苦労する、という距離ではない、のだが。
そんなことを考えていると、椎名はこちらをどこか呆れ返ったような目で眺め遣りつつ、
「ココで一人で食べろっての?」
「‥‥ああ、なるほど。」
「解れば良し。」
チラリと走らせた視界で、少なくとも3組のカップルを視認した不破は、さすがに頷かざるを得ない。
二人はなんとなく目を合わせると、肩を竦めて小さく笑いあった。
「じゃ、そろそろ僕は帰るから。」
「帰るのか?」
「うん。」
身軽に立ち上がった椎名に、不破が少しだけ残ったジェラートから目を上げた。
椎名の手には、まだ半分くらい残ったストロベリーのジェラートがある。
不破はまずそれをみて、その後立ち上がった椎名を見上げた。
椎名は見上げてきた不破に、出会ったときと同じくらいににっこり笑顔をあげてから。
「そろそろ来るだろ、アイツ。GPS携帯は伊達じゃないってね?」
「む‥‥。」
「まぁ、寝坊くらい許してやれよ。」
「‥‥聞いてたのか。」
「往来で電話越しに喧嘩するのも、ほどほどに。」
「‥‥‥‥‥‥。」
黙り込んだ不破に、椎名は苦笑を浮かべながら、手に持っていたストロベリーのジェラートを手渡した。
手渡しながら、言った。
「あのジンクス、正確にはさっきのに加えて『一緒にストロベリーのジェラート食べたら』っていうのがくっついてるんだよ。ソレあげるから、ヤツと食べな?」
「椎名、」
「翼だって。‥‥オーケイ?」
「‥‥オーケイ。」
いつもの平坦な話し方より、ほんの少しだけ不貞腐れた調子で。そして、無表情なその顔に、ほんの少しだけ朱を走らせて。
そういう不破に、少しだけ笑った。
それから、不破の頭をぽすぽすと撫で、じゃぁねと手を振って。
椎名はその場を、後にした。
‥‥公園の正面で、寝癖のついた大慌てで公園内に駆け込んでいく、友人を横目に。
擦れ違った自分にさえ、気づいた様子もなく全速力で走っていく友人を後に。
振り返らずに、歩いた。
忘れてしまったジンクスが、どういうものか。
恋人と一緒にストロベリージェラートを食べたら、
その人と幸せになれる?
好きな人と一緒にストロベリージェラートを食べたら、
その人と恋人になれる?
「後者だったら、僕の勝ちなのにな。」
呟きながら歩いた。
不破を呼ぶ声を聞きながら、歩いた。
不破が、彼を呼ぶ声を聞きながら、歩いた。
振り返らずに。
振り返れずに。
歩きながら、ふと気づいたように、自分の親指を見て。
ペロリと、舐めた。
ストロベリーの、味がした。