恋のお守り
渋沢克朗という少年は、非常に大人びた雰囲気の持ち主だ。
15歳にして184センチという、同年代に較べれば破格の長身はもとより、幼い頃から親しんできたサッカーにより作りこまれた筋肉が、彼の身体を一層力強く、実年齢以上の、成熟された青年のものに見せていた。
とはいえ、それは厭くまで『外見』の話。
精神はきっちり15歳、サッカーに遊びに友人関係、そして恋愛にと、忙しい思春期真っ只中。
現に今も、忙しい部活動の合間を縫って、愛しい1つ年下の恋人とのデート中なのである。
「不破くん、今日はちょっと行きたいところがあるんだけど。」
「何処だ?」
「ああ、神社に。いいかな?」
「諒解した。」
‥‥デートの行き先に神社を選択する少年、渋沢克朗。
その大人びた、某ルームメイト曰く「ジジむさい」雰囲気は、どうやら外見だけに起因するものではないらしい。
「ところで、渋沢。」
「うん?」
「神社に、どのような用があるのだ?」
渋沢と、その恋人であるところの少年、不破は、冬枯れた小道をゆっくりと歩いていた。
時折り吹きつける冷たい2月の風に、吐き出した息が白く溶けていく。
神社へと続く石畳の細道には、彼ら以外に誰も見当たらない。
乾いた木の葉が風に巻かれて石畳をたたき、僅かな音を立てていた。
「ああ、それは‥‥っと。着いたね。」
「ん?そうだな。」
隣りを歩く不破の最もな質問に、柔らかな声で答えかけた渋沢であったが、目の前に現れた、少し剥げかけた朱塗りの鳥居に目的地への到着を知り、渋沢は言葉をきった。
「えーっと。まずはお参りしてから、‥‥あっちかな。」
「ふむ。」
行こうか、と微笑みと共に促され、不破はその後をついていく。
先ほどの質問は、目的地に着いた以上早晩知ることだと、再度問うことはせず、冬の空気に冷えた口元を、マフラーに埋めた。
そこはこじんまりとした神社で、少しの石階段を行った正面に主社殿、その脇に副社があり、その逆には宮司達の詰め所である小さな建物と、御神楽を催すのであろう舞台のようなものがつくられているようだ。
人は、居ない。
この寒空を思えば、当然か、と不破は思った。
不破は特段の信仰を持っているわけではなかったが、強固に信仰を否定しているわけでもないので、拍手を打つ渋沢の横で、同じ様に拍拝をする。
参拝を済ませた渋沢は、ゆるりと辺りを見回した後、副社のほうへと足を向けた。不破もそれに従う。
社内に敷かれた砂利を踏みしめる二人の音が、冷たい空気に包まれた、静かな神社に響く。
渋沢が赴くのは副社ではなく、その脇の建物のようだ。
「‥‥?渋沢、これは?」
「これはね、おまもり供養だよ。」
「オマモリクヨウ。」
「うん。」
小さな建物、というかミニチュアの社殿のようなものの内には、お守りや破魔弓、絵馬などがいくばくか積まれていた。
渋沢はゴソゴソと、ジーンズのポケットから小さな袋状のお守りを取り出すと、それらの脇に、そっと置いた。それから軽く、手をあわす。
「‥‥ん。これでよし。」
「もういいのか?」
「ああ。」
隣りでその様子を窺っていた不破に、渋沢はにこやかに返すと、行こう、と不破を促して、きた道を戻り始めた。
「渋沢。おまもり供養、とは何だ?」
「ああ、それはね、」
シャリシャリと砂利を踏む音に混じり、不破が質問すると、渋沢が幾分歩みを遅くして、其れに答えていった。
「簡単にいうと、それまで持っていたお守りを、返すことかな。もっとも、俺もあんまり縁起は知らないんだけど。大概一年くらいで、お守りは神社に返すんだよ。効果、って言っていいのかな、が一年ってわけじゃないとは思うんだけど‥‥。ホラ、お正月の初詣に買う破魔弓は、毎年買って、毎年返すだろう?あれと同じ。」
「ふむ‥‥。」
と言われても、不破は破魔弓もお守りも、これまで買ったことがなかったので、よく解らなかった。暫し考える。
‥‥確かに、毎年母が初詣の際に買ってくるよく解らないものは、毎年買ってくるにも関わらず増えた様子は無かった。あれのこと、なのだろうか?
‥‥などと考えていると、渋沢はそんな不破の思考を読んだのか、柔らかく微笑みながら問うてきた。
「不破くん、お守りかったことある?」
「ない。」
「じゃぁ、一つ買おうか。」
「俺は特定の信仰は持っていないのだが。」
「気にしない、気にしない。」
神様だってたまには大目に見てくれるよ。
その非科学的且つアバウトな解答に、不破は言葉を重ねようとしたのだけれど、あまりにニッコリと渋沢が笑うので、毒気を抜かれたというか、結局何も言わないで歩き出した渋沢についていった。
シャリシャリと、やっぱり音を立てて進んだ先は、小さな詰め所。
窓のようなところをコンコン、と小さく叩くと、奥から軽い足音とともに、シンプルな巫女装束を纏った女性が出てきた。
二人の姿を認めると、少し驚いたような、すまなげな表情をしながら、応対する。
「ごめんなさいね、気がつかなくて。」
「いいえ。‥‥あの、お守りが欲しいんですが。」
渋沢が笑みと共にそう言うと、女性は心得た様子で頷き、少し待ってね、と言うと、足元から平たい木箱を持ち上げた。
二人の前にあるカウンター状の場所に置かれた其れに並べられているのは、彩り豊かなお守りたちだ。
二人はそれを、覗き込む。
巫女装束の女性は、そんな二人に問い掛けた。
「いろいろあるけれど、何がいいかな?」
「不破くん、どれがいい?」
「どれ、と言われても‥‥。」
不破は少しだけ途方にくれたような声を返す。
実際、買ったこと無いのだから、どれが良いと言われても、そもそもその「どれ」とは一体何を指しているのか、不破はさっぱり掴めていなかった。
すると、そんな不破の様子に何かを察したのか、女性が簡単な注釈のようなものをつけてくれた。
「表に『御守』とだけかかれたものとか、あとはご利益、っていうかな、そういうのが縫い取られたのとかあるのよ。君達くらいだったら、『学業成就』とか『合格祈願』とかかな?」
「むぅ‥‥。」
そんな解説を聞きながら、不破は真剣に御守たちを眺めている。
その姿がどこか可愛らしくて、横にいた渋沢は思わず笑ってしまった。
すると、笑い声が聞こえたのか不破が少しむっとした表情で渋沢を見上げてきた。
「‥‥何を笑っている。」
「いや、なんでもないよ。」
「なんでもないのに笑うとは、おかしなヤツだな。笑うな。」
「まぁそんな怒らないで。」
「怒ってないっ。」
すると今度は、その二人の掛け合いが可笑しかったのか、説明をしてくれた巫女の女性がクスクスと笑った。
「ご、ごめんなさいね。二人とも、仲が良いのねぇ。」
「はぁ‥‥。」
「今日は、御守りを買いにいらしたのかしら?」
「いえ、お守りを、供養にきたついでに。」
「あら。お若いのに、珍しいわねぇ。」
渋沢の言葉に、その女性は少し驚いた風に言ったものだ。
そしてそのあとニコリと笑って、大事にしてくれたのね、ありがとう。と言った。
「御守りは、大事にして欲しいと思ってるから。」
神に仕える者に相応しい、やさしいセリフに渋沢は微笑む。
「そうですね。‥‥大事にします。」
「高校生かしら?受験の時期ですものね。」
「あー‥‥、いえ、受験生ではないんですけど。」
此れには渋沢が苦笑した。
受験生ではない、とは言ったが、実際には立派な(内部進学が内定しているとはいえ)受験生である。ただし、目の前の女性が思っているよりは3年ほど下がって、高校受験だが。
渋沢の隣りでは、不破が笑いを堪えているようだ。一見すれば表情はあまり動いていないのだが、さすがに親密な関係になってから、そのあたりのことも察せられるようになっていた。
なので、渋沢は不破が先ほど自分に言った、笑うなと言うセリフを返そうと思ったのだが、ふと思い立って、言葉ではなく行動で示す事にした。
「‥‥っ、渋、」
「不破くん、それで、どれにする?御守り。」
ピクン、と弾かれたように見上げてくる不破に、にっこりと笑みを返す。
カウンター越しに巫女の女性とは話しているので、彼女からは丁度見えない位置。
そっと取った手に、笑顔と一緒にきゅ、と力を込めた。
微かに赤くなった恋人の頬に、渋沢はますますその手を握り締める。
不破はその、渋沢の楽しげなというか、悪戯げな笑みに、フイ、と顔を逸らしてやった。‥‥手は振り払わないままに。
「そっかぁ。受験生じゃないなら『合格祈願』っていうのもね。‥‥あ、じゃぁ此れはどうかしら?」
そんな二人の遣り取りにもちろん微塵も気がつくことなく、巫女の女性ははんなりと笑うと、多くの御守りの中から一つ、緋の錦地が美しい小さなものを取り上げた。
「何ですか?」
「『恋愛成就』。恋の御守りよ。」
「‥‥ああ。」
少し間の抜けた相づちを打ったのは、渋沢である。
穏やかに笑って、若い方には人気ですよ、とつけ加える女性に、渋沢は脇をくすぐられるような、面映い気持ちを綺麗な笑みに換えて、笑みを返した。
繋いだ手が、不思議なほどにあたたかい。
‥‥君は、何て思っているのかな。
不破を見ると、その差し出してくれた御守りを注視しながら、暫らく何事かを考えていたようだったが。
「‥‥いや、それは要らない。こちらのを一つ、下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
‥‥え。
「‥‥沢、渋沢!帰るぞ。用は済んだのだろう?」
「え、ああ‥‥うん。」
ふと我に返れば、先ほどまで応対してくれた女性は居なくなっていて。
不破が自分を見上げるように、先ほどまでと変わらず傍に立っていた。
曖昧な返事を返した渋沢を、ツイと引っ張る感覚は、繋がれたままの不破の、手。
シャリシャリを音を立てて歩く不破に、来たときとは逆に渋沢が着いていく。
相変わらず風は冷たく、小さな神社には人影は無い。
シャリシャリ、シャリシャリ。
「あの‥‥不破くん。」
「何だ?」
「えーと。‥‥御守り、なんだけど。」
「‥‥?どうかしたのか?」
シャリ、という音を最後に砂利を敷きつめた境内をぬけ、入り口に当たる鳥居のある石畳まできたところで、二人は立ち止まった。
渋沢の手を引く調子でここまで歩いてきたので、不破は軽く振り返る形で、渋沢の方を向いた。
渋沢は見上げてくる不破を、じっとみる。
繋がれたままの手と、その逆の手をみる。
不破の手には白い小さな紙袋が握られていて、きっとあの中に先ほど買った御守りが入れられているのだろう。
「渋沢、」
「‥‥え?ああ、その‥‥。」
何故だろう、奇妙に焦って渋沢は言葉が上手く出てこない。
その様は、普段ならば曖昧な物言いを嫌う不破の眉を潜めさせる喋りっぷりであるのだが。
不破は、暫し唸っている渋沢を見ていたかと思うと、突然堪えきれない、と言う調子で、忍び笑いを始めた。
「え‥‥あ?不破、くん?」
「‥‥お、まえは。全く‥‥。」
クスクスと笑いつづける不破を、渋沢は唖然として見返す。
繋がれたままの手から、笑うたびに震える彼の身体が感じられる。
それをボンヤリと感じているうちに、先ほどまでの奇妙な焦燥感は、不思議と消えていた。
「‥‥あー、っと。不破くん?」
「渋沢。お前、何で俺が『あの』御守りを買わなかったのか、とか思っているだろう。」
「え。」
『あの』御守り。
‥‥指示代名詞で言われても瞬時に解る自分にギクリとした。
あの、御守り。『恋愛成就』の、それ。
不破が薦められて、断った。
「えーっと‥‥、」
「馬鹿だな。」
「はい?」
フッと見上げてくる不破の視線と、驚いた調子に見開かれた渋沢の視線が、まともにかち合った。
不破の視線は未だ笑いの余韻を残し、普段の彼の表情にはない、やわらかさを湛えていて。
きゅ、と繋いだ手に力を込められる。
「『恋愛成就』の御守りなど、俺には必要ないものだ。ましてや一年で返却するようなものに、頼る気はない。それに、だ、」
繋いだ手、それは先ほど自分が彼にしたのと同じ仕草。あたたかさ。
「俺の『恋愛』は既に『成就』しているからな。その後、恋愛を持続できるか否かは、お前と俺次第だ。‥‥そうだな、敢えて言うなら、」
お前が、恋のお守りだ。
そう言って、ニコリと笑った不破に。
渋沢は破顔して、繋いだ手を引き、くちづけを。
「‥‥一生続く、御守りだね。」
「効果の持続性は大事だな。」
「頑張ります。‥‥だから、」
「御守りは、大事にしてね?」
「もちろんだ。」
2月の寒空、木の葉舞う石畳を二人はゆっくりと歩き出す。
繋いだ手はそのままに。
その手にしっかりと、御守りを握って。
end.
乙女チック攻キャンペーン中(笑)
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