「シゲ、事務局から伝言。今日はインフォメーションのほう通って帰れってよ」

聞き慣れたフィジカルトレーニングコーチの声は面白がる調子をからっきし隠さないもので、怒るより呆れるより、いっそ笑ってしまった。
その拍子、肩にかけていたタオルがトレーニングルーム棟の廊下に滑り落ちる。チームカラーをしたタオルは実家がフロントから正式なライセンスを取得した上で個数限定で販売したものだ。身贔屓で使用しているというより、さすがの老舗呉服屋というか良質な生地で作られており、汗の量が増える夏場にも大活躍の実用品だ。
因みに、えぇお品やから使ってなーシゲちゃんお奨め!と中学以来の友人に渡したところ「どんな嫌味だ!」と投げ返された。確かにマリノスカラーのユニフォームの肩にパープルのタオルがかけられている姿は、実に微妙だろうが、しかしその逆説的なジョークがいいのに。あのボンはいつまでたっても変わらんわぁ、などと落としたタオルを拾い上げながら暢気に思っていると、再びフィジカルコーチの声がシゲへと寄越される。

「こらぁ。聞いてるか?正面玄関!通用門から帰るなよ、まぁそっちにも何人かは張ってるみたいやけど」

どっちにしろ逃げられへんぞ、と軽やかな口調にシゲは笑って応えたものだ。

「もぉ、張るとか言わんでぇや。なんや俺追い詰められとる海外ドラマの犯人みたいやーん」
「似たようなもんやろ」
「どの辺が」
「どっちもスターのお仕事っちゅー辺りやな」
「あらぁそれならシゲちゃんの当たり役!」
「自分で言うな」
「言わせたくせにー」

入団以来の付き合いとなるコーチとの会話は軽妙で、なかなかに楽しいものだ。身体の柔軟性の重要さを徹底的に説き、バランスよいトレーニングメニューを組んでくれる彼のおかげで、シゲ自身あまり深刻な怪我をした覚えがない。‥‥もっとも、かつて目の当たりにした『深刻な怪我』を、いつだって意識して身体を鍛えているせいかも、しれないのだけれど。
一瞬過ぎった過去と現在を、シゲは一呼吸して整理する。

「で?スターなシゲちゃんの本日最後のお仕事は、プレゼント攻勢を正面突破することですか」
「ですなぁ。‥‥なんだったら、事務局のほうで代理立てて受け取ってもらうか?」
「んー?だーいじょうぶですわー」

さすがの長い付き合いからか、シゲの呼吸が一瞬かわったのに気がついたコーチが、軽い口調のままシゲを気遣ってきた。折りしもシーズン真っ只中、普段どおりの午前午後二部構成の練習を終えたばかりの球団の主力選手に、本気で過度のストレスをかけるつもりはないに決まっている。
まぁ、これをストレスととるかどうかは、本当に個人次第なのだが。
シゲがそのどちらかなのかはコーチには本当のところは解らないけれど、さりげなく気遣ってくれるそのこと自体が、シゲには嬉しいものだった。
軽い口調で、けれど大人らしい静かな笑みを浮かべて応えた姿に、コーチもまた笑って返してくれた。

「そか。気ぃつけて帰れよ。‥‥おめでとさん」
「ありがとぉございまーす」

軽く指先を振って挨拶にし、シゲはタオルを肩に掛けなおしてから正面玄関へと続くほうへと足を向けた。
さわついた気配は外部の見学者も入館自由な、インフォメーション近くのレストハウス。あちらからは見えない角度からちらりと覗いた光景に、シゲは外向きの笑みを用意する。

「あっ、シゲだぁ」
「来たよ!」

一気に華やいだその場の雰囲気に、シゲはにっこりと笑った。




7月8日。藤村成樹、27回目の誕生日である。




『お前、結構ヒマなんだろ』
「ひどいタツボン!」

携帯越しに見えるわけもないのに、つい顔を両手のひらで覆って泣き真似までしてみせるのは、なんというか、関西人の性みたいなものだ。
ついでとばかりに床に転がり、本当にごろごろと転がってしまったのは、なんというか。‥‥しまった、本当に友人いうところの「結構ヒマ」だから、なのかもしれない。
シゲはうっかりと思い至ったその結論に、結構ゲンナリした気分で転がるのをやめた。もっとも、普段は物のない室内に、今日ばかりは華やかなラッピングとデコレーションを施された大小さまざまなものが転がってた、からもあるのだが。
横向きの視界には、チームカラーを意識してくれたのか鮮やかなパープルのリボン。小さな箱の中身はなんだろうか。生ものとあまりに高価なものは受け取れないと個人のブログに告知はしていたから、その辺を考慮してくれたものだといいのだが。

「‥‥そういやどこかの王子様は高級車など貰っておりましたなぁ」
『バカ、受け取ってねぇよ』

真面目に返された声に、シゲはクツクツと笑う。
入団直後からその華やかな容姿とプレースタイルに多くの女性ファンを獲得していた友人は、世の中の不況をものともしない実にバブリーなプレゼントの山を毎年築くことでつとに有名であった。

『風祭は日用品貰えるから嬉しいよ、とか言ってたけど。産地直送の米とか』
「ちょっ、米?!ああ、いっぱい食べて大きくなりやーって意味かぁ、って26の男に言ってもな!」
『あとは手作りの、ほら、刺繍入りのタオルとか見せてもらったことある』
「あー、あれなぁ、イリオンちゃんが横ですっごい怖い顔してるのカザほんまに気づいてへんのかなぁ‥‥」
『さぁ‥‥』

シゲは床に転がったまま、小さな携帯は集音をワイドにして手離し、ひとり呟くように話している。
一人暮らしのマンションは静かだ。そんな床の上、不規則イルミネーションで小さなボディをきらめかせる携帯はまるで遠い未来の道具のように思えた。
‥‥そういえば昔は、携帯端末なんて便利なものはそうそう普及してなかったから、連絡するにも苦労したっけ。

(昔、だって)

なんとなく、笑う。
思えばもう10年以上昔、なのだ。この車を貢ぎかけられる電話相手に出会ったのも、米をプレゼントされる努力家に出会ったのも、‥‥彼に、出会ったのも。

どいつもこいつも、ヘンなヤツだった。
いかにも坊ちゃん然とした雰囲気なくせツンツンと尖っているのは面白いを通り越して可愛くてその純粋な部分を守ってやりたかった水野。小さな身体でどこまでも大きな夢を全力疾走で追いかける姿に心を震わされた、風祭。
そして、何もかも出来るくせ何もかも出来ず、超然としてるわりに負けず嫌いで、本当に何もかも、目を、心を留めずにはいられなかった、彼は。

『‥‥なんだシゲ、お前本当にヒマなんだな』
「‥‥。微妙に心抉るから止めてや、それ言うの」

嫌味でもからかいでもない、実にごく普通の口調に、シゲは意外なほどにがっくりとしてしまう。
ヒマだ。ああ、たしかにヒマなのだ、自分は。
平日、普段どおりの練習を終えてコーチと話しファンにプレゼントを貰って帰宅、一人ぶんの夕食を作り一缶だけのビール、軽いジョグの後筋肉をほぐすストレッチをして風呂に入り、なんとなく思い立って横浜の友人に電話。それから、それから。

「さみしいわぁ‥‥」
『電話してやってんだろ』
「うんタツボン愛してる」
『言う相手間違ってるぞ』
「うん自覚してる」

自覚してる、けど。だって、彼が、居ないから。

別に普段からベタベタしている相手ではないのだ。実際、したい相手でもない。‥‥というか、一年の殆どを顔をあわせず過ごしている。

『アイツ今どこにいるか知ってんのか?』
「どっかの研究所か、会議場か、現場か、カナッチョ星かどっか?」
『つまり知らないと』
「だから心抉ることを言わんといてぇなってー‥‥」

自分でも思いもかけないほどに気弱な口調になったことそれ自体に、シゲは再びごろごろと身体を転がして最終的にうつ伏せて、止まった。視界が暗くなる。目の端に映っていたパープルのリボンは、見えない。
たくさんの、誕生日プレゼント。
けれど自分が欲しいのは、高級車でも米でも刺繍入りのタオルでもなくて。

「自分にリボンかけて、プレゼントは俺、とかリボンプレイ‥‥」
『されたいのか?』
「いや、あんまり‥‥」
『つまり少しはされたいってことか?』
「‥‥‥‥ほ、ほんのちょこっとだけ?」
『‥‥‥‥‥‥。』
「やめて何か言って無言も心抉るから!」
『今日のお前注文が多いぞ』
「そういうタツボンは普段よりツンが増量してんで」
『なんだ?ツンて』
「秘密ー」

そう嘯けば、小さな機械越しのため息。と、沈黙。
何か言えと言ったシゲだが、実際には沈黙は苦ではない。なんだかんだと長い付き合いの相手なのだ、今更間が持たないだなどというわけもなく、ただラインが繋がったままの静かな時間が過ぎていく。
暫しの沈黙の後、シゲは小さく息をついて、うつ伏せたまま携帯へと手を伸ばした。

「タツボン、長話につき合わせて堪忍なぁ」
『‥‥べつに、言うほど話してないだろ』
「ん、でも寂しんぼのシゲちゃんには心癒される時間でした。ちょっと抉られもしたけどな」

少し笑ってそういえば、受話器の向こうが口ごもる。
もう夜も遅い電話。明日もお互い練習はあるだろうにこうして付き合ってくれたのは、水野なりの気遣いなのだろう。‥‥シゲと、彼の関係を知っている、古い友人だからこその。
彼には会えなかったけれど、これはこれでよい誕生日だった気がする。
シゲはうつ伏せて携帯を握ったまま、床の上に身体を丸める。目を閉じて身体から力を抜けば、途端に眠気が襲ってくるのは仕方のない話だ。
床の上、このまま眠るわけにはいかない。這ってベッドへと辿り着くくらいはできるだろうか。
そんなことをぼんやりしてきた脳内で思案していたところに、水野の声が滑り込んできた。

『ところで、シゲ。俺からのプレゼントは届いたか?』
「んぁ?‥‥え、タツボン何くれたん?」
『マリノスカラーのタオルマフラー』
「なんや、意趣返しかいな」

クツクツ笑いながら応えれば、ラインの向こうの水野も笑った。笑いながら、言葉を継ぐ。

『バカ、お前よりよっぽどいいプレゼントだよ』
「なんやの、タオルマフラーにニット帽、ミトンにレプリカユニとウインドブレーカセットとか?って俺はどこのマリノスサポやねん!」
『なんか、すごいいい繊維?で出来てるらしい。よく知らないけど』
「はい?なに、試作品とか?」
『‥‥に、なんのかな。ああ、いや注文品か?』

よくわかんねぇけど。と応える水野の声は妙なくらいに上機嫌だ。これは、練習試合にでもマリノス衣装(?)で固めて笑いを取ってこいという挑戦なのだろうか。自分はタオルを投げ返したくせに。

『まぁなんでもいいだろ。ていうかそろそろ切るぞ』
「え?あ、ああ、ありがとなタツボン、電話、付き合ぉてくれて」

最後だと思って素直に伝えれば、普段ならば別に、だとかぶっきらぼうな照れ隠しが返ってくるはずなのに、返されたのは機嫌よさそうな忍び笑い。歳を重ねてもあまり変わらない端整な容姿にそれはきっと似合っていて、ああ今年もこの友人は伝説クラスのプレゼントを貰うんやろなぁ、などと考えていた、矢先に。









「で、リボンプレイはこのタオルの長さだと出来そうもないが、どうする」









たくさんの、誕生日プレゼント。
けれど自分が欲しいのは、高級車でも米でも刺繍入りのタオルでも水野発注不破開発の不思議タオルでも、なくて。









「うん、プレイはええから、不破くれたらええわ」
「そうか、承知した」









誕生日おめでとう、だ。とか。
床に丸まった身体を抱き締められて囁かれた低い恋人の言祝ぎに、シゲはこの日一番華やいだ笑みをにっこりと浮かべて応じた。

7月8日。藤村成樹、27回目で恋人と過ごす何回目かの、誕生日である。









「凄いわぁ伝説クラスのプレゼント貰うヤツは渡すプレゼントも伝説クラスなんやんなぁ」
「エエからそのマリノスセットいい加減脱げや、ボケ」

翌日の練習、ブルーがメインのプラクティスシャツとタオルを身につけて上機嫌のチームのエースに、コーチチームメイト一同があきれ返って言ったのは、確かに伝説クラスの珍事として後々まで話題になったとか、ならないとか。




end.(07.08/2010)

因みにカザが不破を日本に呼び戻してくれました(笑)
だから正確には水野とカザの共同プレゼントなんだよ!
カザはイリオンと結婚してるのかそうでないのか微妙な年齢だなぁ。
きっとイリオンと天城がもだもだしてると思います^^