思えば出会った時から大迷惑なヤローだったのだ。



そもそも他校に不法侵入とかありえねぇ。‥‥いや、百歩譲って不法侵入は許そう。無断のスカウティングなんてよくある話だったし。自分でいうのも何だがウチは有名校だったわけだしな。けれどフツー練習にまで紛れ込むか?わざわざユニフォームまで強奪(!)して、挙句乱闘ときた。ありえねぇ。マジありえねぇ。
そしてその、在り得なさの極めつけが渋沢との関係で。
いやもう、あり得ないっつーか勘弁してくれと心底いいたかった。
‥‥や、判ってんだぜ?俺だって人の恋路(‥‥この単語だけで眩暈がしそうだ)にグダグダ口出すなんて野暮の極みだって判ってんだよどっかのガン黒ヤローに言われるまでも無く。そうとも、俺だって好きで口なんてはさんでたわけじゃないんだよ。
まったく偶然に俺が渋沢と同じ部屋で(因みに現在進行形)。
まっったく偶ッ然に間の悪いシーンにやたらと遭遇してるだけで(やはり現在進行形)!
口出しなんてしたかなかったしこれからだってしたかねーわけよ!

「む。三上」
「いかにも俺は三上亮だが今の俺は心底三上亮じゃなかったらよかったと思っているああ思っている」

音のしないスライドドアを開けざまに一息で言いきった後で、深い深いため息をついた。片手に抱えていた見舞いの花束が揺れて、まるで返事をしてくれたようだと思った。
いっそそれでいい。花束相手に話をしているほうがマシだ。
迷惑極まるこのヤローの話し相手になるくらいなら花束相手に電波な会話をしているほうがマシだ!

「ふむ、否定したいが否定できない、つまりお前は三上というわけだな」
「‥‥いかにも三上だよこの上もなく不本意だがな。そういうお前は不破だな」
「ああ、そういう名前らしいな、俺は」
「‥‥‥‥‥‥。」

深い深いため息をつく。二度目。ため息をつくと幸せが逃げるというが、それが本当ならば俺の幸せはとっくの昔に山のあなたのなほ遠くに華麗に逃亡済だ。カール・ブッセだって追いつけねぇ。

「‥‥マジで覚えてねーのかよ」
「お前が三上だというのは覚えているぞ」
「俺はいいんだよお前の話だ」
「そうだな。困ったことに、解らんとしかいいようがない」

ちっとも困った風でなく腕を組んで頷く姿は、つい先日みた姿と寸分の違いも無い。
違うのはここが某財閥系、国内有数の設備とスタッフを誇る病院の個室で。
真っ白なベッドの上に半身を起こしている姿が、寝巻きだというくらいなものだから。

これで記憶喪失なのだと、言われても困る。凄く、困る。

「‥‥ったくお前は本当に大迷惑なヤローだな‥‥!!」

暫く前から、同居人が帰ってこなかった。
それは別にいい。同居人とは学生時代からの長い付き合いで、何の因果かマンションを共同購入するような文字どおりの腐れ縁ではあるが、互いには互いの生活があって仕事があって、何より相手は国内(時には国外)各地を転戦するスポーツ選手とくれば一週間や一ヶ月、顔を合わさないくらいよくあることで。

『三上、』
「‥‥あ?んだよ渋沢か、なんかあった?」

だから、その電話を受けたときは何の冗談かと思ったものだ。

『不破が、記憶喪失なんだ』
「は?」
『自分のことも、俺のことも忘れてるんだけど』
「‥‥は?」
『三上のことは覚えてるみたいだから、一度顔を見せにきてくれ』
「‥‥‥‥はあ?!」

なんてタチの悪い冗談だと、罵るのは簡単だったけれど。
けれど、そんな冗談をいうような相手でない事は、解っていて。
だから、有給とって、花束抱えて、病室を訪れて。

「まあ、入るといい。病院のドアにしがみつく趣味があるならば別だが。マニアックだな三上」
「人聞きの悪い趣味を勝手につけんな!」

そういって室内に踏み込むと、背後で音も無くドアがスライドして閉まる。耳障りな音をコソとも立てないあたり、かなり上等の個室なのだと知れた。
まあ、病院の名前にこの目の前の迷惑ヤローと面差しのよく似た経財界の超有名人の名が挟まれていることを考えればそれもむべなるかな、というものだが。
広い室内には、ベッドとソファセットや書き物机が備わっている。部屋の一角にはクローゼット、その脇にはどうやらユニットバスへ続くらしいドアまで見て取れた。
まるでシンプルな(でもちょっと高級。出張クラスじゃ泊まれない)ビジネスホテルのようだと思う。設えられたベッドの白さと、ホテルにはあり得ない医療機器類を無視すれば。

ドサリと身体ごと投げるようにしてソファに沈む。机に投げ置いた花束が乾いた音を立てて明るい色の花弁を揺らした。
見舞いに行くと言う人間にショップの店員が適当に見繕ってくれた花の名前など当然知っているわけも無く、ただ、ピンクやオレンジのつやつやとした花弁が綺麗だと単純に思っただけだった。

「‥‥‥‥不破」
「む、なんだ三上」
「‥‥‥‥つか、お前自分が『不破大地』だっつー認識はしてんのかよ?」
「さてな。ただ、『俺』は『不破大地』という人物なのだと言い聞かされたのでそういうものだと思っている」
「あ、そう」

淡々とした、どこか己さえも客観視してしまう口調は、まるきり不破のものだった。これで『不破』が失った記憶の欠片ぶん、『不破』ではないというのだから、不思議なものだ。

「で、どんくらい忘れてんだ?」
「そうだな、‥‥とりあえず、名前だ。自分を確固と定義可能な記憶がない。言語機能を失わなかったのは幸いだ。お前のことは覚えていたが、人物生物その他をいくつか。あとは、ところどころ動作を忘れている。ドアの開け方とか、箸の持ち方とかだな」
「‥‥そうか」

既に学習済みだが、と事も無げに頷き言う姿は呆れるほど『不破』で、ため息をつく。
記憶喪失というものの、それはドラマや漫画に出てくるような『ある特定のこと(人物)だけを忘れてしまう』などという都合のよいものではない事が多い。記憶とは、様々の動作‥‥例えば彼の言うドアの開け方であるとか或いは鍵の使い方で、それら身体に馴染んでいたはずのあらゆることを文字どおり喪失してしまうことをさすのだ。
不破自身のいうとおり、言語を失わなかったのはもっけの幸いだ。

「渋沢のこともかよ?」
「ああ」

淡々と、いつもの口調で。
呟かれた小さな肯定にもういちど、そうか、とだけ言った。
いつからアイツはいるのかと問えば、起きたときから居た、と不破は答えた。ならきっと、一緒にいるときに何らかの理由でこの事態へと発展したのだろう。全く持って迷惑極まりない。‥‥迷惑はどちらか片方がストッパーになれよ、と誰にいうでもない文句を三上は頭の中で唱えた。

と、スライドドアが滑らかな動きで引き開けられた。
それは見慣れた同居人の姿で。

「し‥‥、」

けれど、声を掛けることは叶わなかった。

「ぬ、渋沢」
「ただいま不破くん。言っていた資料を持ってきたよ。部屋に行ったついでに冷蔵庫の中身も始末してきたから」
「そうか、手間をかけたな」
「いいんだよ。風を通して、軽く掃除もしておいた。外傷は殆どないから直ぐに帰れるとは思うし、‥‥うーん、見たら驚くかもなぁ、面白い部屋だから」
「面白いのか」
「ああ。不破、以前と基本の性格が変わってないみたいだし多分すごく面白いものばかりだと思うな。ははは、帰るの楽しみになってきた?」
「ああ。‥‥渋沢も来る、いや、一緒に帰る?のか」
「うん。俺はずっと住んでるわけじゃないけど、君と一緒に帰る場所はあの家だから」
「そうか。すこし、安心した」
「もー、可愛いこと言ってくれるなぁ、大好きだよ。あと、これは当座の服と現金と、それから志喜屋さんから連絡が‥‥と、んん?三上来てたのか」
「‥‥‥‥来てたのか、じゃねーよ、この、バカ渋」

一言一言、句切るように明確に発音する。
でなければ、声が震えてしまいそうだったからだ。
別に、恐怖にではない。



あまりの『変わらなさ』に、脱力してである。



「‥‥つか。なに。なんで普通に名前呼んじゃってんのお前ら」
「何でって。自己紹介はもう済ませたし。ね?」
「うむ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥。」

爽やか過ぎて胡散臭い笑顔と、無表情過ぎていっそ面白い顔が、頷きあっている。
それはこれまで、それこそ数え切れないほどに見てきた、見慣れた光景で。

「まぁ忘れてしまったなら忘れてしまったで、もう一度知り合いなおせるっていうか?ああ、それにしても二度も初対面で一目惚れが出来るなんてなかなかない体験だよ、それもどちらもあり得ないほどパンチが効いてたし」
「そうなのか?」
「あれ、まだこの話してなかったっけ。二度目が記憶喪失で起き抜けに俺の顔っていうのは不破君の実体験として覚えてるだろうからいいとして、それじゃ今日は中学生の時知り合った話をしてあげるね。いやぁ、不破くん本当面白いし可愛いし、知り合えてラッキーだったな俺」
「ここ数日で学習した世間一般の価値観からすれば、十分に渋沢も面白い人物だと思うが」
「うん、不破くん面白いものとか不思議なものが大好きだからね、この性格で好きになってもらえるならそれでいいし」
「そうか」
「そうだよ。だから俺のこと好きになってね?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」



‥‥‥‥思えば出会った時から大迷惑なヤローだったのだ。
それは不破に限ったことではなかった。
この、嘘クサイほどの爽やか笑顔で、今じゃ日本の守護神なんて呼ばれてて、ちょっとおかしいくらいポジティブシンキングで、世間一般には俺と親友だとかなんだとか不本意ながら呼ばれているこの男こそ、大迷惑ヤローだった。そうだ、思い出した。なんだよ俺も記憶喪失だったのか?そうなのか?忘れていた俺が悪いのか?!



「「三上、どうかしたのか?」」



声まで揃えてくれてどうもありがとよ。
だからこれは俺からの精一杯のはなむけだ。



「‥‥‥‥とっとと恋にでも何でも落ちやがれ、テメェら‥‥ッ!!」



『地獄に落ちやがれ』と同じ発音だったことに気がついたかどうか。
気がついたところで素直に落ちてくれる奴らでもなし。
あーもーとっとと恋に落ちてモトサヤに治まってくださいお願いします(懇願)。

音のしないスライドドアを出来うる限りの力で力いっぱいけたたましく閉めて、大迷惑な友人二人の下を後にした。





title/『レテ河バタフライ』
end.(05.//.2007)

2:相方をかばった怪我が原因で記憶喪失に。記憶を失ったのは?
「こんな明るい記憶喪失話珍しい(笑)」と言われました(笑)
タイトルの「レテ河」というのは忘却の河のことです。