こころはどこにあるのですかと、そう、世界に問う。









瞬きを一つした不破は、ほんの僅か肩を引いた。
次の瞬間、秒速600メートルの鋼が耳の傍を薙いで過ぎる。

「‥‥、」

常に気息を整えていなさいと言ったのは、幼かった自分にあらゆる知識を叩き込んだ人物。自分とよく似た面差しの、冷えた視線だけを覚えている。
呼吸はあらゆる筋肉の動きに影響する。例え其れがコンマ一秒の揺らぎであったとしても命を持っていかれるには十分な時間だ。叩き込まれた教えの通りに僅かの息も乱すことなく、飛来した死の刃を優雅な舞にも似た動きで逃れた不破は、視線を一点へ。そして‥‥

「ストップ。もう、終わったで」

その声に不破の動きが止まる。
不自然な体勢にも関わらず、驚異的なまでのボディバランスで静止した不破は、それまでの動きとはうってかわったゆるりとした動作で身を起こした。両の手の指間には、いつの間に取り出したものか針のような刃物がセットされている。同様に、ゆるりとした動きでそれらの武器を手元のホルダーに収めた不破は、身軽に岩山を降りてくる人物を見遣った。
つい先ほどまで刺客が潜んでいただろう低い岩山は、汚染物質を含んだ風雨に曝され奇妙な形に変形してしまっている。一見したところ足場となるべきものもない岩肌を、けれど金色の髪をした存在はまるで問題としない、軽やかな足取りで不破の元へと降りてきた。荒野横断用に改良された頑丈なブーツが、草木を拒む死んだ大地に、サクリと軽い音を立てさせる。

「佐藤」
「ん、」

無表情な呼び声に、ニッコリと笑ったシゲは、ヒラリと一度だけ指先を振った。それに合わせてパラパラとドス黒い液体が地に落ちる。

「殺したのか」
「うん」
「そうか」

人一人ぶんの生命をその一言で片付けた不破は、ふいと視線を廻らせた。
微かに眇めた視界に、先ほど己を襲った鋼の矢を捉える。
『中央議会』は人間‥‥生体・機械体を問わず、一般人の武装を第二級犯罪として厳しい罰則を設けている筈だが、それらの罰則は既に形骸化して久しい。武器となりうる材料の流通、及び製造方法に至るまで全て議会が把握し、抑えていることになっている‥‥のだが、

「まぁ、鍋やら釜まで取り上げるわけにもイカンわなぁ」

やはり軽やかな足取りでその傍へと赴いたシゲが、地に突き立った其れを引き抜き、肩をすくめて言う。
砂塵交じりのぼやけた陽の光に、鈍く輝いた鋼は恐らくもとはカトラリーだったものだろう。市中の一般家庭に出回る粗悪な鉄と炭素の合金も、研ぎ澄まし改良を加えたクロスボウに乗せれば、立派な死神の刃となる。

「もとより、その基準で行けば修理屋はおろか機械体という「人間」も存在できんだろう」
「せやんなぁ、ていうか其れ口実に機械体キラーイなんていうヤツも居るわけやしなぁ。矛盾だらけやわ、ホンマ 」

どこまでも表情のない不破の声と、クスクスと笑うシゲの声が、風に舞う砂塵に紛れて荒野に響く。




突出した文明の上に築かれた平穏は、ほんの僅かの歪みで砕け散った。
戦火は人心を乱し狂わせ、壊れた闘争本能は住まう大地さえも痛めつける。
見渡す限りの荒れた大地は過去の人間達が残した最大最悪の負の遺産。




ドサリと重いものの落ちる音が二人の声を遮ると同時に、二条の光が交錯した。

「不破!」
「平気だ」

断ち切られ、風に舞って散る茶色の髪が着地するより早く、驚異的な跳躍によって一瞬で距離を詰めた不破が、地に伏し血に塗れながらもギラギラした視線を寄越す男の身体を足裏で押さえつける。先ほど不破を掠めたクロスボウを装着した腕には、未だ装填されたままの合金製の矢と同じものが突き立っていた。

「不破、大丈夫か?悪い、俺が始末しきれてなかった」
「コイツの矢より、お前が投げた矢のほうが危険だったぞ」
「え、そう?そりゃえらいスンマセ‥‥」

「‥‥ッ呪われろ、人形がッ!!」

掠れた声は既に死に瀕したものだった。が、見上げてくる目はギラギラと異様な光を宿している。

「機、械の分際で‥‥ッ、心を持たぬ身で、我らの大地を汚‥‥」

タン、と軽い音が荒野にこだます。
刃物が空気を薙ぐ音と違い、銃声は幾度聞いても同じ音にしか聞こえない。
不破は、着弾と同時に跳ねた身体が完全に機能を停止したのを確認した後、押さえつけていた足を引き、背後に立つシゲを振り返る。

「佐藤」

微かな硝煙を立ち昇らせる銃を構えたまま、表情をそぎ落とし佇む機械体に、無造作に手を伸ばす。

「佐藤」
「‥‥こころは、どこにあるんやろな」

防砂用のマントが、柔らかな金髪と共に逆巻く風に翻る。

「佐藤、」
「‥‥不破は、あったかいなぁ」

伸ばした腕を逆に引かれて抱きしめてきた身体は、有機体である自分よりも若干温かい。
呟かれた言葉に不破は言葉を返せないまま、じっと自分より高い体温に包まれて立っていた。









こころはどこにあるのですかと、そう、世界に問う。
応えはまだ、ない。






title/『ハヤブサ』
end.

機械のような人間と、人間のような機械。
SFっぽいものを書くテーマで一番惹かれるのがこれ。
スピッツ『8823』のイメージです。

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