ねぇ、何で行っちゃうの、行かないで
それは聞けない、俺は行かなければならない
行かないで、行かないでよ、お願い
それは聞けない、俺は




もう一度 必ず お前に










其れは、倉庫の一角に置かれていた。

別段粗雑に扱われているわけではない。
かといって、安置されている、というほどの扱いではない。
単純に、置かれている、と表現できる無造作さで、其れは広い広い倉庫の片隅に、ただ、あった。
長い長い間、あった。

帝国の建国より既に1800余年、この地を首府と定め荘厳華麗な王城を築いた際に設けられたこの部屋には、過去の時間が降り積もるように様々なものが眠っている。
歴代皇帝達が携えその命を託してきた武具、時代時代の名工たちが作り上げた衣装やマジックアイテム。闇深き洞窟に住まう魔女が皇帝に渡した妙薬、悪しき魔導士が島一つ沈めてまで欲したという古代魔法書、はたまた賢き海の大主より授かった神器まで。あらゆる品が数多の人の手を経て、時に畏怖を時に血に塗れながら流れ着き、けれど今はその身に歴史だけを身にまとい、静かに眠っている。

長い無い間。
其れが何であったかさえ知る者がなくなるほどに、長い間。









「倉庫、異常ありません!」

歯切れ良い言葉は、いかにも剣を持つ兵士らしいものであった。
王城の兵にたるみは許されない。況して数多の武具防具、高価な品々を収めた倉庫前(さらには皇帝の私室へと通じる階段の真正面だ)の番ともなればなおさらだ。
踵を打って敬礼をとった、古参らしい物慣れた風の兵士の声は凛とした張りと鋭さを含んでいた。
そして今日はそこに、抑えきれない歓喜も滲んでいた。

「‥‥‥‥陛下」
「ああ、うん。ありがとう。‥‥以前会ったときも、あなただったね?」
「‥‥はい。陛下、良くぞお戻りあそばされました。先の御方の崩御を聞いてより、再び拝謁できます日を、我ら、毎日、祈っておりました‥‥ッ」
「‥‥そうか。よくこれまで守っていてくれた。これからも、頼む」
「はっ!」

再び背筋を伸ばし敬礼した兵に、亜麻色の髪をした青年はふわりと笑った。それは、世界統一という大事業を為してきた帝国の長と言うには優しすぎるほどの笑みだった。

戦乱に明け暮れた世界を統一し平和を齎すという強固な意志のもと、言葉と心と、時に武力を持って帝国の版図をひろげてきた皇帝。
賢き大皇帝が古代人の英知を授けられ、以来連綿と続いてきた『継承者』。
継承は、血を持って為されるものではない。
過去この地に覇を唱え、そしてこの世界から消えていった古の民の英知は、その意志と能力のみを継承者へと受け継がせていく。
この世界に生きる数多の人間の中からただ一人に、一つの意志を。
連綿と受け継がれる、‥‥呪いの如き意志を。

狂える『英雄』を打ち滅ぼし、この世界に安寧を齎すその日まで。

青年が首府にやって来たのは、先代皇帝崩御を告げる秘術が発動してから既に4年も経った頃だった。
継承は決して時を待たず、その継承者が斃れると同時発動する。故に4年の空白は、今や皇帝となったこの青年の意志によるものだったと知れるのだが、皇帝不在時の首府を取り仕切る重臣たちは何も問わなかった。ただ、ふらりと姿を現した『新皇帝』に、深々と頭を垂れ、その意志の継承を言祝いだ。青年も、何も語らなかった。

新皇帝即位の報に、首府に住まう人々は勿論のこと帝国中が沸いた。
空には花が舞い、新帝を言祝ぐ言葉は決して途切れることなくこだました。
皇帝はこの世界に平和を齎す者だ。民を導き、強き力で敵を掃い自分たちを守ってくれる存在だ。歴代の偉大な皇帝の意志を継ぎ、振るう剣閃は罪深き闇を薙ぎ払い光を齎してくれる、唯一絶対の真の英雄だ。
即位に伴う簡単な儀式は数日前に既に終わっていたが、4年の皇帝不在からその存在を取り戻した民の喜びは大きなものだった。
響き渡る歓声は王城の内深くまで届いている。微かではあったが聞こえてきた歌声のような歓声に、青年はふと視線を遠くへと飛ばす。
その動きに、倉庫の大鍵を開けていた兵士もまた、視線を城下の方角へと遣ると、苦笑を滲ませたような声音で言った。

「ああ、声が聞こえますね」
「‥‥そうだね」
「陛下がお戻りになられ、嬉しいのでしょう」
「‥‥‥‥。」
「陛下?どうかなさいましたか」

返答のない事に怪訝な風の兵士に、なんでもないと青年は手を軽く振ると、開かれた倉庫の扉へと目を移した。
緩く開かれた大扉の隙間は薄闇で満たされていた。空気孔以外の窓はつけられていない広い倉庫は、所蔵品の保存を最優先している為に明かりはない。門番の兵士は手提げの燈に火を入れると、先導して入ろうとした。が、その足は扉をくぐる前に止められる。

「陛下?」
「私ひとりで行くよ」
「いえ、しかし‥‥」
「この中のことを誰より知っているのは私だよ、心配要らない」
「は‥‥」

そう言うや、いまだ行動に躊躇する兵士の手から灯りがやんわりと奪い取られた。はっと目を上げると、灯りを手にした青年が緩やかに口の端に笑みを浮かべ、立っている。
その笑みに、兵士は奇妙な震えを覚えた。

「陛‥‥」
「誰も、この先に入れぬよう」

その言葉が終わらないうちに、すらりと高い青年の姿は大扉の向うへと消えていく。
薄闇に吸い込まれていくような後ろ姿を見送った兵士は、知らず大きく息をついた。
それは紛れもなく、恐怖と、後ろめたさから開放されたが故のものだということを、兵士は奥歯を噛み締めてなかったものにしようとした。




青年は広大な部屋の中を歩いていた。
様々なものが其処此処に置かれ、一応の道のようなものはあるものの、それは最早迷路の領域で、慣れない者であれば最初の入り口さえ解らないだろう複雑さだ。青年はふと振り返った。先ほどまで聞こえていた歓声は、もう聞こえない。扉は閉じられたのか、そこに外の明かりは見えなかった。単純に、広いが故のことかもしれなかったが。
再び青年は視線を戻すと、再び歩き始めた。手燭のほの明るい光が彼の亜麻色の髪を緩く瞬かせている。高い背丈の後ろには、それ以上に長い影が彼を追いかけていた。
青年の足取りに迷いは無い。
彼自身がこの部屋に足を踏み入れるのはこれがまったくの初めてだ。が、彼には既にこの場所を知り、歩いた記憶があった。
歴代皇帝全ての記憶を、おぼろげながら受け継いでいる。はっきりとは見えない、まるで映像化された物語を斜め読みしているようなあやふやなものではあったが、いったん足を踏み出せば自然その歩みは進んでいった。
その、自然すぎて不自然すぎる現実に、青年は苦笑する。

今、自分は知り得ない筈の場所をまるで100遍も来たことがあるかのように歩いている。
(記憶の中の「自分」は、確かにこの場に足を運んだ)
まるで初対面の兵士に、過去に会ったと挨拶をする。
(扉の兵士に会ったのは先代皇帝、兵士がまだ幼さを残すほどに若かった頃のこと)

過去の確かにあった時間、自分では無い『継承者』達の、長い、長い年月の記憶。




約束しよう もう一度 必ず お前に




‥‥『彼』の、記憶。




青年は、足を止めた。
広い広い倉庫の片隅、何の変哲も無い一角に。
『彼』は、無造作に置かれていた。









カンバーランドに、研究者の一族があった。
研究者といったところで、言ってみれば変わり者の一族で、たまに役には立つものの、常人からすれば一体何の意味があって作られたのかさえわからないような、たくさんの機械に囲まれて彼らは過ごしていた。
青年は、そこに生まれた。
正確には、そこに‥‥一族の館の前に捨てられていたのだ。寒空の下、生まれて間もない、赤ん坊の姿で。
一族は変わり者ではあったが、決して人間的に悪い人達ではなかった。たまに当たる発明で裕福でもあったし、むしろ大らか過ぎるほどに大らかに捨てられた赤ん坊を迎え入れ、亜麻色の髪の少年は父や母や祖父、村の者達に愛され、健やかに育ち、そして。


『彼』と、出会った。


「むむうッ、不破一族最高の出来栄えじゃの!ほれ、克朗も見てみい!」
「お、おじいちゃん‥‥」

快活に笑う祖父の背後から、恐る恐る少年は『彼』を覗き見た。
そこには、黒い髪をした青年が一人、眠っているかのように目を閉じて、座っている。

「ふむ、お前の友にするにはちと外見を育て過ぎたかの‥‥まぁよいか。すぐにお前のほうが大きくなるだろうて」
「え、あの」
「不破家の悲願、我が一族の夢の結晶!それは自動機械人形じゃ!!過去には皇帝陛下にその研究を認められ様々な機械を献上してきたが、ついに、ついに!!これこそが!!‥‥起動スイッチ、オン!」
「ちょ、‥‥」

「‥‥む?ジジイとガキか。どうした、何か用か」

「‥‥‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥おじいちゃん?」
「‥‥‥‥言語レベルを不破一族基準にしたのが拙かったかの」
「‥‥‥‥‥‥‥‥おじいちゃん‥‥」
「よし!克朗、今日からこれと友として暮らせ!」
「はい?!」
「生活一般、ついでに言葉も教えてやりなさい。頼んだぞー」


二人の生活が始まった。
『彼』は大概のことが出来たが、やはり機械であるためか細かな作業が苦手のようだった。

「‥‥む、」
「うん?何だ、針折れちゃった?」
「ああ」
「そっか、じゃあ俺のやりかけのと交換しよ。こっちの続き、ここから縫っていってね」
「了解した。‥‥」
「何、どうしたの?」
「お前は何でも出来るな」
「何言ってるの、俺はおじいちゃんの研究の手伝いも出来ないし、母さんや父さんの書いてる本も理解できないよ」
「それでもお前は、俺に出来ないいろんなことができている」
「それなら、フワは俺に出来ないいろんなことができてる」

そう言って少年は、『彼』の目をじっと見た。すると『彼』も少年の目をじっと見る。それは機械がゆえの率直さであることを少年は知っていたけれど、それでも、真っ直ぐな視線、曇りの無い黒曜石の瞳を、少年はとても綺麗だと思った。

「‥‥‥‥僕ら、ふたりで一人ぶんなのかもね」
「?どういう意味だ」
「だから、僕の出来ないことをフワができて、フワの出来ないことを僕が出来るんなら、二人揃ったらなんでも出来るでしょう?」
「む。‥‥お前、頭いいな」

そう言って、ぽんと手を打った『彼』に、少年は声を立てて笑った後、ぎゅっと自分よりまだ随分と大きいその身体に、抱きついた。

「だから、ずっと一緒に居て。約束だよ」
「そうだな、ずっと一緒に居よう」

抱きついた機械の身体は暖かく、その淡々とした言葉は、もっと温かかった。




別離は、唐突に訪れた。




行かなければならない、と『彼』は言った。
何故行かなければならないのか、何故自分から離れて行ってしまうのか、まだ幼い少年には解らなかった。
「光栄だ」と口にしながら、どこか悲しそうな表情を浮かべた祖父も、泣き叫んで『彼』に縋ろうとする少年を抱きしめて止めた母の震えも、拳を握り締めて立ち尽くしていた父も、少年の目には入らなかった。
ただ、『彼』が行ってしまう、そのことだけが心を占め、少年は泣いた。

「ねぇ、何で行っちゃうの、行かないで」
「それは聞けない、俺は行かなければならない」
「行かないで、行かないでよ、お願い、お願い‥‥ッ」
「‥‥俺は、行かなければならない」

繰り返される言葉は、どれほど泣いても少年の欲しい言葉にはならないまま。
ただ一言だけ、告げた。




「約束しよう。俺は、もう一度、必ず お前に     」




『彼』が皇帝『継承者』となったと知ったのは、随分後のことだった。




彼の者はこの世界に平和を齎す者。民を導き、強き力で敵を掃い自分たちを守ってくれる存在。歴代の偉大な皇帝の意志を継ぎ、振るう剣閃は罪深き闇を薙ぎ払い光を齎してくれる、真の英雄。
古代人の英知を授けられ、大賢帝の意志を受け継ぎ、歴代皇帝の記憶とともにこの世界を救い導く。導くよう定められた、存在。

彼らはこの世界の礎。

この世界が平和であるための、贄。









青年は膝をついた。
倉庫と言えども此処は王城である。丁寧に清められているのだろうが、それでもうっすらと沈むように積もった埃が、彼の膝を音もなく受け止めた。そして、『彼』を見る。
『彼』は青年の記憶のままの姿をしていた。『彼』は人形だ。成長することはない。当たり前と言えば当たり前のことなのだが、青年は思わず苦笑した。幼い日に抱きついた身体は今はもう自分のほうが大きく、今ならば抱きしめられるだろう。
目を閉じて座っているその姿はまるで眠っているかのようだ。

「‥‥‥‥フワ?」

青年はひっそりと、その名を呼んだ。『彼』と別れたその日から、決して口にしなかった名前だった。返らない声を待つのは、耐えられなかった。

「フワ」

返事は無い。
青年は、指を伸ばし、その頬にそっと触れた。
冷たい、冷たい、壊れた人形の頬に、そっと触れ、撫ぜた。

「‥‥約束を、守ってくれなかったね。俺のほうが会いに来ちゃったじゃないか」




皇帝となったフワの行方は全くわからなかった。
勿論宮廷は把握していただろうが、旅に暮らしごく少人数、或いは単独での行動をもっぱらとした『継承者』の足取りなど、一介の民に判ろう筈も無い。
少年は、もう泣かなかった。
その代わりに、ありとあらゆる事を学んだ。祖父の手伝いで機械の知識も身につけたし、父や母の書く本の内容も解るようになった。家にある書物という書物を片っ端から読み、近所に住んでいたネラック城の聖騎士だったという老人に槍と魔法の手ほどきを受けた。
『皇帝は、強い仲間とともに世界を旅し平和を齎す』
『彼』に会う一番の近道は、強くなることだと思った。

けれど『彼』の行方は判らないまま時は過ぎて。

‥‥ヤウダ平定の噂と前後、遠く新帝即位の報を、少年は聞いた。




「‥‥ああ、とても、哀しかったよ。いや、哀しかったとも違うかな。よく判らないけれど‥‥そうだね、約束を守ってくれなかったと、怒っていたのかもしれないね。だって君は、約束しただろう?小さかった俺に、約束をくれただろう?」

青年の声は、生命を拒絶した静寂のなかに静かに広がっていく。
此処にあるのはたくさんの物言わぬ欠片。それぞれが負ってきた歴史を決して語ることなく、ただ其処に在り続けるのみだ。
青年の手は冷たい人形の頬を撫で続けている。それから、ふと笑った。




「‥‥ああ、約束は、やっぱり果たされてるか」




「フワには世界が、こんな風に見えていたんだね」




『継承者』は、意志とともに過去の継承者たち全ての記憶を受け継ぐ。
それはおぼろげなものではあるけれど、それでも。

そこには、確かに、『彼』が居た。

壊れた人形は忘れ去られ、倉庫の片隅に無造作に置かれている。
かつて皇帝として、『狂える英雄』ワグナスを討ち、ヤウダを平定した『英雄』は、今は冷たく、壊れた人形として、人々の記憶から消えていく。

「‥‥ねえ、俺は忘れないよ」

確かに『彼』が居たことを。
『彼』が、愛しい少年の生きる世界を守る為に戦ったことを。
壊れた身体を引き摺って、倉庫の片隅で一人、眠りについたことを。
最期に、たったひとりの名前を、密やかに呼んだことを。




「記憶となって、会いにきてくれたんだね」









『約束しよう。俺は、もう一度、必ず お前に会いにいく』









青年は、漸く会うことの出来たたったひとりのその『彼』を、そっと抱きしめた。
壊れた冷たい人形に、青年のぬくもりが半分、伝わった。




『だから、ずっと一緒に居て。約束だよ』
『そうだな、ずっと一緒に居よう』





「‥‥ずっと、一緒に居よう、フワ」







title/ kyrie
end.(09.06/2006)

壊れた人形、忘れられていく英雄。
原作をプレイするなら必見のシーンです。
他の話とは時間軸の違う話です。