二人は空を見上げる。
紅い空。今にも落ちてきそうな。
無言で、空を見上げる。
遠く微かに、鈍い振動が空気を震わせた。
きっとどこかの都市のビルが、腐食し崩れたのだろう。
黄金都市と、地上の楽園と謳われたその場所は、今は見る影もなく。
侵食され、腐食し、消えていく運命。
人間達の、夢と、欲望の跡。
消えていく。
彼らの、同族の骸と共に。
二人は、空を見上げる。血の色をした空を。
「センパイ。」
静かな声だった。静かな、翻らない決意を込めた声だった。
「センパイ。俺は、行かないよ。」
「‥‥‥‥‥‥。」
合わされた大きな黒色の瞳は穏やかで。
そういえば、この少年が愛した人も、穏やかな、綺麗な黒色の目をしていた。優しい声で、自分や、この少年の名前を呼んでいた。
多くの同族にかこまれて。
青い空の下。
優しい思い出。今はもう、戻らない時間。
たまらず目を逸らした。
胸が痛かった。右手で胸に爪を立てた。其れよりも痛かった。
自分は故郷を捨てた身だ。
多くの同族を、目の前の少年を捨てて、宇宙へ出た。
その直後、彼らを襲った悪夢のような悲劇。自分だけ逃れて。助けることも叶わず。
痛いと思う権利はない。
涙する権利さえもない、なのに。
内側から、何かが溢れていくようで。
藤代はそんな三上を見て、少しだけ笑ったようだ。
似合わない、静かな微笑。
ゆっくりと、その場にしゃがむ。優しい手つきで、其処にある『それ』を、撫でた。何度も、何度も。
「行けないよ。‥‥だって、笠井一人にしたら、可哀想じゃん。」
穏やかな声で。優しい手つきで。何度も、何度も。
かつて愛した少年であった、一輪の真白の花を、撫ぜた。
「ねぇ、俺ね、ずっと不思議だった。センパイが出てったあと、外からやって来たヤツラに同族が狩られて、空気が汚れてって、みんなが次々狂っていって、この姿でたった一人残されても、なんで俺は狂わないんだろうって。青い空が見えなくなって、皆が死んでって、其れでもなんで狂わないのか、解んなかった。‥‥でもね。その理由、判ったんだ。」
見上げてくるその瞳は、あたかも静かな水面のように。
透きとおった美しさ。自分たちの本質である、何者にも染まらず咲き誇る、真白の花の美しさを湛え。
「笠井、狂いたくないって言った。狂って、俺のこと忘れちゃうのがイヤだって叫んでた。‥‥次の日には、この姿になってた。もう一緒に走るのとか、手ェ繋いで歩いたりとか、出来なくて、凄い凄い哀しかったんだけど。でも、笠井はコレでよかったんだよね。だって、狂ってないよ。死んでないよ。一生、ずっと、一緒にいられるよ。」
藤代は笑った。綺麗な笑みだった。そして目を閉じると、屈みこんで揺れる花に優しいキスを落とした。
「俺が狂わないのは、笠井がいるから。笠井と居るから。だからきっと、此処を離れたら俺は狂うよ。狂って、きっと、周り中のもの、食らい尽くすよ。三上センパイも、三上センパイの好きな人も。」
それはイヤだしねぇ?、とちょっと困ったような顔で言う藤代に、三上は、ふ、と息をつき、その横に座った。
「そっか。」
「そーです。」
「此処に居たら、死ぬぞ。」
「そーですね。でも笠井がいるからいいや、別に。」
「そっか。」
「センパイの好きな人は?どこにいんの?」
「わっかんね。此処に落ちたとき、逸れた。」
「人間でしょ、多分シェルターの奴らにホゴされてるよ。」
「‥‥‥‥多分な。」
「??人間じゃないんスか?じゃぁちょっとヤバイかも、」
「いや、外見は少なくとも人間だし。ただなぁ‥‥。」
「いろいろ大変ッスねー、センパイも。」
けらけらっと笑った藤代につられて三上も笑った。
白い花が揺れていた。笠井も笑ってるのかもしれない。
「じゃぁな、俺、行くわ。」
「はぁい。じゃぁ、お別れですね。」
「ああ。」
二度と会えない同種たちの別れは、そっけないものだった。
赤茶けた大地を踏みしめて進む。
死にゆく星。自分の、故郷。
暫く歩いて、振り返った。
藤代が寝転んでいる。その隣りには、純白の花。
花が揺れていた。三上はそれに手を振った。
死にゆく二人に、手を振った。
無性に渋沢の笑顔が見たかった。
end.
元ネタはN○Kで放映していた人形劇(原型皆無ですが)
三上達はもともとが植物です。生きた稀少植物とか宝石みたいなもの。
渋沢は人間ですが、あるもの(能力)を有しているせいで世界中から追われています。
これも続き書けたらいいなぁ‥‥