知らない。解らない。(今は、まだ。)









    さ ら さ ら   










サラサラとした髪を、背後に立って梳いていく。
結人から借りたブラシはアイツらしいといえばそんな気もするチェリーピンク。いっそ毒々しいほどのピンクが、ほんの少しだけ茶色っぽい黒い髪の間をすり抜けていく。微妙にシュールだと思った。何となく。
櫛どおりは良い。掬い上げた髪はサラサラと、縺れることもなくサラサラと櫛に梳かれて、そしてやっぱりサラサラと、元の場所へと落ちていく。
練習後なんて、それじゃなくてもゴールキーパーというポジションで、ダイブでキャッチする練習なんてすれば髪にだってそれなりに汚れたりするもんじゃないのだろうか。国内の練習場は大半が土だ。砂とか埃とか。それとも、やっぱりサラサラとしてるから、サラサラと埃も砂も絡まることなく、落ちていくのだろうか。
そういえば、俺もあんまり、埃とか気にならない。
だからだろうか。あんなこと言われたのは。

『真田さぁ、不破と似てんね!』

何故そんな話になったのかは全く不明。
藤代の会話はいつもそうだ。

ただ、不破と俺の髪が、似てると藤代は言った。

いつでもどこでも底抜けに明るい藤代の声に、振り仰いだ目線は殆ど条件反射で険しく、けれどアイツは全然気にしない。かまわない。
そういうところが本当に理解できなくて、藤代のことはプレーを抜きにしても苦手なのだけれど、自分に話し掛けてきているのだろう相手を頭から無視するのも居心地が悪い。
それに、名前が出てきたから。

不破は、靭帯を傷めた小堤の代わりに入ってきたGKだ。
つまり、追加招集というかたちで途中からメンバー入りしたヤツなんだけど、なんと言うか、独特な人間だった。
招集されたその日にいきなり鳴海とケンカ(しかも軽くあしらった!)したかと思えば、なんだかよく解らない理論を一人でブツブツと延々呟いていたりする。
孤高、というには、意外にチームメンバーとの仲も良い。
たまに椎名に殴られていたり、どきどき渋沢に頭を撫でられていたり、藤代に抱きつかれても全然動じてなかったり。頭が良過ぎてどっかおかしい、といって笑っていたのは誰だったか。
そういう、人間。
話したことは、殆どない。

俺とは、まったく異質な、まったく似たところなんてない人間。

だから。
似ているところがあったのか、とか。
たとえ髪質でも、あの、全く俺とは違ってそうな不破と、似てるところがあったのか、と。思って。

『なあ不破、髪触らせてもらっていい?』
『かまわん』

そして現在に、至る。

サラサラとした不破の髪は、相変わらずひとつのひっかかりもない。
整髪料はつけない、匂いが気になるから、と言われて、ああ、それ俺も同じ、と答えた。
単語を羅列しただけのような、小さな声の、短い会話。それでも人気のすっかりなくなったロッカールームには貴重な音源だとでも言うのか、金属製のロッカーに跳ね返って、緩く語尾が震える。 滑らかな櫛通り、少しだけ茶色の混じった髪。サラサラとして。似ているのだろうか?どうだろう。よくわからない。解らない。
触ったら、何か、解るかもと思ったのに。

ちっとも似たところのない不破とも、何か、解りあえるのかな、と思ったのに。

「ちっとも解んねぇ‥‥」
「そうか」

短い返答の直後、背凭れのないベンチに座っていた不破が不意に仰のく。
その後ろに立つ形で不破の髪を梳いていたから、髪を梳こうとした方向と逆にブラシが動いてしまい、慌てて上に梳き上げるようにしてブラシから髪をほどいた。サラサラと髪が不破の額に落ちていく。ぬ、とかなんとか唸って不破が一瞬目を閉じたのがわかった。

「あ、ワリ」
「いや」

不破には一応、短い会話の中でこの現状に至った理由のようなものは、なんとなく話していた。じゃないといくらなんでも、不可解すぎるし。もっとも理由もいわないうちに「かまわん」とか言ったコイツだから、本当に言わなくても構わなかったのかもしれない。解らないけど。
ひとつ息をついて、チェリーピンクのブラシを降ろす。
サラサラとした不破の髪は、梳かれる前と後とを較べても、全く同じように見えた。その違いもわからない。
本当に、解らない。解らない。似てないんだ、俺たちは。

「真田」
「え?」

気がついたら、不破が此方を向いていた。
背凭れのないベンチだったから、両脚とも座面を跨ぎ越して身体ごと方向転換させたみたいだった。近い位置にある膝をなんとなく見て、それから、見上げてくる不破を見た。

「髪質が似ているかどうか、解らなかったか」
「‥‥う、ん」
「それは解らないと駄目なことなのか」
「そうじゃないけど、でも俺は解りたかった」
「何故」
「それは、」



(それは)



俺とは、まったく異質な、まったく似たところなんてない人間。
独特で、個性的で、見た目とか性格とか何から何まで違ってるしよくわからないし知らないし、だから、ひとつくらい解るものがあれば、似たものがあれば、そこから、また何か違うものがわかるんじゃないかって。
‥‥解りたいって、知りたいって思って。だから。



(ああ、そっか)



「おい、真‥‥」

不自然に言葉を途切らせたことを不審に思ったのか、何ごとかを言ってこようとしていた不破の髪を、不意打ちでかき混ぜた。

「ッ、何をする!」
「うん、櫛だけじゃ髪質わかんねぇし指でも触ってみようと思って」
「む、そうだったのか」

途端に大人しくなった不破に、こみ上げてきた笑いをぐっと噛み殺す。純粋、単純?何にせよ、本当に解らない、おかしなヤツだと思う。ちっとも似ていない、自分達。

「不破、今日は付き合ってくれてありがとな」
「いや、かまわん。疑問を追及しようとする姿勢は気に入ったぞ真田一馬」
「お前いつもなんかやってるもんな‥‥」
「考察は大切だ」

微妙にピントの外れた会話。
短い単語の羅列の会話よりは格上げされただろうか?

そのまま、軽く挨拶をしてわかれる。
クラブに顔を出す俺に、不破はこの後フットサルに行くのだ、と言った。それが一人で行くのか、それとも誰かに誘われているのか、それはわからない。
いつか、訊いてみようと思う。
わからないから、訊いて話して、解ってみようと思う。

今日は、とりあえず一つだけ。解ったから。
解ったから、今日はとりあえず、これで。



(俺、アイツのこと好きなんだ)



不意に風が前髪をサラサラとかき上げて吹き過ぎる。
櫛を通した不破の髪を思い出して、やっぱり髪質は似てるのかもしれないと思った。
また今度、髪を梳かせてもらおう。







end.(02.28/2008)
photo by [10minutes+]

雰囲気文章。
他人の髪を梳かす姿はそこはかとなくエロチックです。