「失礼しました」

最後に平坦な声で決まり文句を告げて頭を下げてから、職員室のドアを閉める。
途端零れた息は無意識に重くて、少しだけ妙な気分になった。
お世辞にも優等生と言える人間ではなかった自分は、この中で数限りなく怒られたりため息をつかれたりしてきたが、今日のようににこやかな笑顔だとか、頑張れよの声だとか。そういうものに、ついぞ縁が無かったせいだろうか。

それとも、これを最後にもうこのドアを開けることはないのだという、感傷の一種か。

「終わったのか」
「おー、終わったでー」

だからその感傷のようなものを振り捨てたくて、淡々とした声にカラリとしたいつもの声で応じた。

「そうか」
「うん」

職員室から玄関に続く校内の廊下は妙に静まり返っていて。
それは授業中だから当たり前といえば当たり前なのだけれど。
むしろ、こうして自分の目の前に不破がいることのほうが、おかしいのだけれど。

「うん。‥‥今日で、最後。」

言った言葉は、意識して軽やかに。

今日を最後に、自分は桜上水を去る。
中学の卒業記録はこの学校になるが、自分は卒業式には出ない。
今日の夕方には、もう関西だ。

「そうか」
「うん」

静かな廊下を歩いた。
職員室から玄関まで、それは短い距離。
数え切れないほどに往復しただろう場所を、並んで歩いた。

「‥‥最後やねぇ」
「最後だな」

不破の声は淡々としていて、静かな廊下に妙に馴染んで聴こえる。

職員室から、玄関まで。短い、本当に短い距離。
此処を過ぎれば、遠く遠く、離れる距離。

「‥‥ん。センセ、ここでええよ」
「そうか」
「うん。最後のお見送り、おおきに」
「どういたしまして、だ」

外履きに履き替えながら、静かな声で話した。
脱いだ校内シューズを下駄箱に入れかけて、その必要が無いことに気がついて鞄に入れていたビニール袋に突っ込む。そのまま鞄に戻そうとして、けれど脇にあるゴミ箱へと放った。
結構に大きな音が、静かな廊下に響いた。

「佐藤」

静かな呼び声に、静かなくちづけを返した。

「‥‥これも、最後か?」
「‥‥最後やないよ」

囁くように、静かな声で。

「そうか」
「うん」

静かに、最後の言葉を交わす。

「ほな、またな」
「ああ、‥‥また」

その言葉に軽やかに笑って、身を翻す。
校門をでて、振り返らずに走った。









最後の言葉は、次への約束。
振り返る暇は、ないのだ。
走って走って、辿り着いた場所に、きっと彼はいるのだから。







title/『last,not(04/桜上水  校舎)』
(02.28/2009)

photo by [10minutes+]

走れ 走れ 走れ
そうして辿り着いた場所に二人並んで立てたなら
そのときは また、君と