「‥‥‥‥。」
三上は机の上を、無言で眺めていた。
正確には、机の上に置いてある薬を、である。
銀色のヒートに収まった、白い楕円の薬剤が2錠。
腕を組み、帰宅した制服も脱ぐことなく、ただじっとそれを見つめていた。
そうやって観察していたところで別段この薬が動き出すとかそういうことを期待しているわけでは、勿論無い。
三上は、薬が苦手だった。
三上は薬に対して、特に偏見は無い。
スポーツをする者の中には、一切の薬類を嫌悪し、全く服用しないものも居る。
決して其れが悪いと言っているわけではないのだが、しかしそれは、例えばスポーツで身を立てているプロ選手であるとか、ドーピング検査が必ずある競技や公式試合ならまだしも、中学生の身で、さらには一般生活においてまでそうである必要がどこにある、と三上は常から思っていた。
勿論薬に頼らず自らのコンディションを保っておく事は大切である。が、一旦崩したコンディションを、服用する事で解決する薬があり、それが己の不利益(先に言ったようにドーピング問題であるとかに関わるなどの不利益)に繋がらないレベルであれば、飲めばいいのに、と思ってしまうのだ。
常習性がどうのとか、少年期からの乱用はいざと言うときの免疫力がどうのとか、そういう意見もあるにはあるが、そもそも一般売薬にそれほど常習性のある薬剤など滅多にない。乱用しなければ済む話だし、免疫や危険性云々と言うのなら、部活時に普段飲んでいるイオン飲料だって毎日飲んでいれば十分危険だし、コールドスプレーだって危険になってしまうではないか。
‥‥とにかく、三上は特に薬を忌避する性質ではないのだ。
にもかかわらず、三上は薬が『苦手』、なのである。
それは例えば薬が苦いからだとか、過去に薬を飲んで倒れたとかアレルギーであるとか、そういう経歴があるわけではなく。
重要なのは、三上は薬が『苦手』であって、決して『嫌い』なわけではない、という点だ。
『苦手』の反意語は『得意』。
三上と薬の関係(?)は、得手不得手でいうところの『不得手』なのである。
簡単に言えば、飲むのが苦手。
しかもそれは、一般的にいう『飲むのが苦手』とは、ちょっと意を異にしていた。
「‥‥‥‥‥‥飲もうかな。」
ポツリと呟いた後に響く、頭の奥がジンとくるような痛み。
それは午後の授業を受け終わる頃から次第に発生していた、ような気がする鈍い、痛みと言うには淡い淡い感覚で、それは神経を集中させている部活動中は全く意にもかけなかった感覚、なのだが。
帰寮し、もっていたドラムバッグと学生鞄をベッドにおざなりに投げた瞬間、まるで「さあ思い出せ」と言わんばかりに走った痛みに、三上は暫しの思案の後、机の中から鎮痛剤を取り出したわけだ。
‥‥わけだ、が。
「いや、でもなー‥‥。」
組んでいた腕を解いて机の上に伸ばしかけて、そして止める。
この動作を、先ほどから三上は5度ほど繰り返していた。
頭が痛い。けれどそんなには痛くない。
食欲もあまり無い。けれどそれがこの頭痛と関係してるかは不明。(そもそもあまり食は太くないほうだし)
薬は用意したものの、もしかしたら今の痛みを最後にもう痛くなくなるかもしれない。そしたら飲んだ薬は全くの無駄。
脳内を駆け巡るのは、そんな思考の渦。
つまり、だ。
彼、三上亮が『薬が苦手』というのは、
『薬を飲むか判断するのが苦手』なのである。
‥‥‥‥ヘンなところで優柔不断なのだ、要するに。
なんとも難儀な少年だ。
「セーンパイッ。」
「は?‥‥ぁがッ?!‥‥ッ!!」
「‥‥‥‥、ハイ、オッケーですー。」
「‥‥ッ、テメ、藤代、何しやが‥‥ッ!!」
三上は乱暴に口元を拭った。
飲みきれなかった水が、喉元を伝って制服のシャツを濡らしている。‥‥が、そんなことには構っちゃいられない。
そもそもその原因たる人物も、そんなことには構っていなかった。
三上を両腕で捉まえた(外見的には抱き締めた、のほうがあっているようだが、状況的には捉まえた(捕まえた、でも可)の方がただしいと思われる)まま、器用に先ほどまで三上が見ていた机の上に、空になったコップと、神業的素早さで中身を抜き取られた鎮痛剤のヒートを、投げ置いた。親指の腹で、濡れた己の口元を軽く拭った。
そして腕に収めた優柔不断な恋人に、その少年独特の、花の咲いたようなにっこり笑顔をむける。
「相変わらず薬飲むの、苦手なんスね〜。」
「ッせぇよっ、ほっとけ!」
三上は、強引に口を開けさせられたせいで痛む顎先を気にしながら、悪態をついた。
本当なら手で撫でたいところだが、いかんせん身動きが取れない。それがますますもって三上には気にいらない。
下級生や(いや、目の前のこの少年も下級生、なのだが)三上をよく知らない人間であれば即座に目を逸らすであろう険悪な眼差しで少年、藤代誠二を睨めつけるのだが、花のような笑顔はこれっぽっちもゆらぐことなく。
「ま、いいんですけどね。俺が居るから。」
「はぁ?!テメェがなんだって?!」
「ホラ俺、センパイの事には動物並みに敏いですから。センパイが薬飲むの、迷ってるときには俺が迷わず飲ませてあげますからねっ。」
そう言いきって、唖然とする恋人を抱き上げると、トコトコとベッドへと運ぶ。
「ちょっと寝てから、それからメシに行きましょ。頭痛いまんまじゃ、センパイそれじゃなくてもあんま食べないのに、全然食べれないですから。」
制服のままですけど、ちょっとだからいいですよね。そんなことを言いながら、足先で器用に上掛けをはぐった三上の寝台に、そぉっとその身体を下ろした。
「おやすみなさーいvv」
「‥‥‥‥‥‥おやすみナサイ。」
三上亮は、薬が苦手だ。
ヘンなところに優柔不断な、なんとも難儀なこの少年。
まぁしかし、動物並みに敏くて強引な恋人が一匹、もとい一人いるので、大丈夫、なのであった。
end.(05.17/2002)
怪我してたときに書いたのその2。昔ほど怪我しなくなりました