「そういや、渋沢ってナツオトコなんだなー。意外!」
ピッチの脇、コーチから受け取った給水用ボトルを頭からぶちまけて、色を濃くした栗色の髪から水を滴らせながら発せられた結人の言葉は、ものすごく唐突なものだった。
選抜合宿の過酷なまでのメニューを終えたばかりにも関わらず、彼の声はカラリとして鮮やかだ。まるで隣りを歩く一馬の皮膚を焦がす、夏の日差しのように。
遠く響く蝉時雨が、熱く潤んだ夏の空気を波の様に震わせている。
「何言ってんの、若菜?」
「だからー、渋沢が夏生まれってのが意外だって話」
「ふぅん?」
同じくフィールドから引き上げてきたチームメイト(正確にはチームメイト候補、だ)が若菜へと声を掛け、それにやはりカラッとした結人の声がこだますように返される。
「渋沢、夏生まれなんだ。」
「なんかこの合宿中に誕生日なんだと。」
「ていうか何が意外?」
「え、なんかさぁ、渋沢ってこう普段はふわふわっつーか、平和っつか、春っぽい雰囲気じゃん?あ、あと冬に炬燵に入ってミカンとか食ってそうなイメージ。」
「うわー‥‥なんかソレ想像つくわ。」
「だろだろ?なんかこう、パーッと騒ぐ夏っぽくないだろ?」
「確かに落ち着いてるってか、若菜みたくキャンキャンうるさくはねーよな。」
「んだとぅ?!こちとら物思いと憂いの季節、梅雨生まれでぃ!!」
「それこそ似合わねー!!」
照りつける太陽の下、結人とそのチームメイトは盛大に笑いあう。他愛のない、ありふれた光景。
その様子を隣りに佇む一馬は、ひどくぼんやりと眺めていた。
手に持ったままのボトルから、水滴がポタリと芝の上へ零れ落ちる。
夏の日差しをいっぱいに浴びる芝は青々と、目に沁みるような鮮やかさ。
落ちた雫は吸い込んだ光を乱反射して、小さな太陽のように輝きを当たりに巻き散らす。
‥‥それは、
(夏の色。)
「‥‥‥‥あ。」
視界の端。自分より高い位置にある、光を浴びて透き通るような薄茶色の髪、‥‥苦笑。
(鮮やかな。夏の、)
「渋沢さん。」
呼びかけたのは、ほとんど無意識だった。
ゆったりとした動作で振り向く姿に、一馬はほんの少しだけ息をのむ。
「真田か。どうした?」
やんわりとした口調は、頭一つ高い場所から発せられる。軽く見上げる先には、口調と同じく落ち着いた表情と、薄茶色の髪。昼間それを輝かせていた鮮やかな太陽は既に西に落ちて久しく、窓の外は名残りの熱に潤んだ闇が支配していた。
一馬は少し落ち着かなげに視線を揺らしながら、会話を切り出した。
「あの、昼の結人の‥‥」
「‥‥?ああ、あれか。」
一馬の言葉に、パチパチと何かを反芻するように数度瞬きをした後、渋沢はふっと息を吐くように苦笑した。
「やっぱり、聞こえてたんだ。」
「ああ、まぁな。」
若菜の声は良くとおるからなとつけ加えて尚も笑う渋沢に、一馬は眉を寄せる。
「‥‥失礼しました。」
「いや、真田が謝ることじゃないだろう?」
「でも、一緒に居たし、‥‥止めればよかったのに‥‥。」
そう言ったきり、一馬は俯いてしまう。
生まれた季節が似合わないなんて、陰口や悪口と言うわけではないにせよ、言われて気分がいいというものでもないだろう。況してや自分の居ない場所で。
俯いた一馬の脳裏に昼間みた渋沢の苦笑が過ぎって、一馬はぎゅっと拳を握った。
どれくらい経ったのか‥‥それはほんの数秒に過ぎないのだろうが、一馬にとっては随分と長い時間ののち、不意に頭を撫ぜられる感覚に驚いて一馬は顔を上げた。
視線の先には、苦笑ではない渋沢の笑顔。
「気にしなくていい。‥‥実際、自分でも夏向きの性格じゃないと思うしな。ウチの‥‥学校のメンツなんて昼行灯だの『お前ほどラジオ体操と緑茶が似合うヤツはいない』だのと散々に言ってるぞ。」
「ひ、ひるあんどん‥‥」
「それを思えば若菜の例えはなんだかいいなぁ、春っぽいか‥‥。春好きだし。」
「‥‥ええと、」
「因みに冬の炬燵でミカンも大好きだぞ。せんべいもいいな。炬燵の中に猫がいたら最高だ。」
「‥‥‥‥っふ、」
渋沢の言葉にたまらず噴き出してしまった一馬と、その様子につられるように笑い出した渋沢は、合宿所の廊下でふたり、ひとしきり笑いあった。
廊下に面した窓は開け放たれていて、そこから微かに涼をまとった風が二人をなでていく。
「あー、笑った‥‥。」
「‥‥ふふ、うん、まぁそんな具合だから。本当に気にしてないし、気にしなくてもいいからな。」
「はい。‥‥呼び止めて、すみませんでした。」
言葉の端々に笑いを残しつつ、渋沢のその台詞に一馬は素直に頷く。
「いいよ、俺も楽しかったからな。‥‥じゃ。」
一礼した一馬に、年長者らしい鷹揚な態度で言葉を返した渋沢が、ゆっくりと身を翻して、
「渋沢さん!」
「?」
「誕生日、おめでとう、ございます。」
その言葉に返ってきた笑顔は、親友の言うとおりふわふわとした、綺麗な笑みだったけれども。
けれどその笑顔は、灼熱の夏の日差しのように、一馬の心に鮮やかに焼きついた。
「‥‥真田?何考えてる?」
「ん、いや‥‥やっぱり渋沢さん、夏の人だなとか。」
「?」
「なんでもない、昔のことだよ。‥‥それより、」
「誕生日、おめでとう。」
返ってきたのは胸に焼きついた笑顔と、甘く優しく、熱いキス。
end.(07.29/2004)