クリスマスだからといって、何があるわけでもないのだ。





「‥‥それでは、冬休みの間も桜上水中学の生徒であることを忘れず、規律ある生活を心がけるように。以上。」

担任の短い締めくくりの言葉で、教室内の空気は一変する。
夏とは違い、たった2週間の極短い冬休み。けれど、休みであることには変わりない。
クラスを包み込むのは、これから始まる長期休暇への期待と、‥‥それから、イヴェント前のどこか華やいだ空気だ。

それは、部活においても変わることなく。

「へぇっへっへー、今日こそはっ。今日こそは告ってやるぜー!待っててね美保ちゃんv」
「うっわ、ドリーマーがいるよここに‥‥。目ェ覚ませー。外山ー。」
「お前ら、部活中は集中!2対2やるぞ、準備!」

キャプテンたる水野の怒声も、今日ばかりはどうにも効き目が悪い。コーチである松下に至っては、浮かれる少年たちを笑いをかみ殺してみている。

「まぁなぁ、年に一度のクリスマスイブだしな。‥‥水野、今日は早く終わるか。」
「コーチまで‥‥。」

眉を顰めて、ため息をつくように何事かを言いかけた水野であったが、彼にしたところで何某かの思いがあったのか、それ以上何を言うでもなく、それから30分後に桜上水サッカー部の、12月24日の練習は幕を閉じた。





クリスマスだからといって、何があるわけでもないのに。





ざわついた部室から、一人また一人と部員たちが帰宅していく。
足取りも、挨拶さえもどことなく軽やかに。
そうして人少なになった部室で、部日誌をつけていた水野は、丁寧にキーパーグローブの手入れをしている不破に、声を掛けた。

「不破は?これから、どうするんだ、」
「ど、うする、とは?」

応えた不破の声はどこか不明瞭だった。水野が日誌から目を上げてみれば、未だ練習着のままの不破は長いすに座り込んで、口の端に細い糸。どうやら、歯で糸を噛み切っていたらしい。

「どこか解れたのか?」
「ああ。」

簡単な肯定以外に言葉はなく、水野はなんとなくいたたまれず、泳がせた視線を再び日誌へと落とした。

「じゃぁね、水野君、不破くん!また、大晦日に!」
「あ、ああ。また電話するから。」
「うん!不破君も、バイバイ!」

屈託なく笑って言う風祭に、不破は目線で挨拶を返す。言葉がないのは、唇で縫い針を銜えているからだ。
風祭はそれに疑問を持つでもなく肩に下げたカバンの掛け紐を少し直すと、にっこりと笑って双方に手を振った。
パタリと閉まった音を最後に、室内には沈黙が流れる。取り残された人間は2人。一人は部誌をつけ、一人は縫い物の真っ最中だ。
サリサリサリ、と軽いボールペンを走らせる音がする。たまに合皮の引き攣れるような音。

最後に日付と記入者(といっても、部日誌をつけるのは現在のところ主将である水野だけなのだが)を記し、ほ、と息をついた瞬間。

「どうするとは、どういう意味だ。」
「‥‥‥‥ッぅわっ?!」

思いもよらぬほど至近距離から掛けられた、聞き慣れた声に、水野は危うく座っている椅子ごと斜め後ろに倒れるところだった。

「‥‥‥‥何をそんなに驚くのだ。」
「う、うるさいっ。」

本当に倒れていたならば大層格好悪かっただろうが、幸い(辛うじて)倒れはしなかったので、水野はいつもながらの薄い表情を保ったまま、そう答えるにとどまった。
聞き慣れた声は、当然のごとく現在の部室人口の、片割れで。
何時の間にグローブの補修を追えたのか、座る水野の右肩のすぐ傍、熱も伝わりそうなごく近い位置に、不破は立っていた。見れば完璧に補修されたらしいキーパーグローブは、先ほどまで不破が座っていた長いすの上に、不破の荷物と一緒に鎮座ましましている。
水野は、不破に気づかれないように2度、息を吸ってはいて、心を落ち着ける。

‥‥好きな相手に、息がかかるほどの至近距離に寄られて平静でいられるほど、水野は達観していなかった。

が、それはあくまで水野の事情であって。

「どうする、とは、どういう意味だ。」
「‥‥は?」

つい、と無表情に(これは結構怖いのだ)顔を寄せて迫る(?)不破に、水野は一瞬質問の意図をつかみきれなかった。
すると、それを悟ったのか不破は少し水野から距離をとると、

「先ほど、時間にすれば14分ほど前だがお前は俺に「これからどうするのか」と問うた。が、これまで、これは俺がサッカー部に入部して以来本日までということだが、部活終了後お前から今後の予定を問う言葉(予定が決まっていた上での確認の台詞は除外するとして)極曖昧な質問をうけたことはなかった。部活が終了すれば自宅に戻るというのがセオリーであり俺の日常で水野もそのあたりは承知の上だと思う。となると先ほどの「これからどうするのか」という台詞にはなにか重大な意味が含まれているのでは、と推察されうる。‥‥以上より先ほどの俺の疑問に繋がるのだ、『どうするとはどういう意味だ』?」

‥‥と、滝を落ちる水のごとき流麗さで一気呵成に話してみせた。

普段無口かと思えば驚くほどの長口上も披露してのける不破に、水野もだいぶん慣れたと思っていたのだが、やはり突然のことともなれば、どうにも対応が鈍りがちで。
いい台詞が、浮かばなくて。

「‥‥クリスマス、だから、」
「ふむ。いかにも今日はクリスマス、正確にいうとイブだが、クリスマスだからといって、何か特別なことがあるのか?俺はキリスト教者ではないし、お前も確かそうではなかったはずだ。となればクリスマスだからといって何があるわけでもないと思うのだ、が‥‥、っ?!」





不破の言うことはいちいち最もで、確かに自分たちはクリスチャンでもないから、本当のところはクリスマスだからって何があるわけでもないのだ。

ないのだ、けれど。





「‥‥‥だからッ、ただお前と居たいと思っただけだよ!」





胸倉をつかんで引き寄せて睨みつけ、乱暴な言葉で叩きつけるように。
息が混ざるほどの至近距離で驚いたように目を見張る、理屈っぽい恋人に掠めるだけの口付けを。





「‥‥‥‥そうか。」
「そうだよっ。」
「了解した。」
「‥‥なら、いい。」





クリスマスだからって何があるわけでも、本当は、なくて。
ただ、ただそれは、愛しい人と一緒に居たいって、そういう、口実なわけで。





「‥‥ウチ、来いよ。母さんがなんか、ケーキとか焼いてるから。」
「ふむ。では、お前のうちについたら電話を借りてもいいか?家に連絡をしておく。」
「ああ。」








クリスマスだからって、そんな口実が成り立つのが、クリスマス、なのだ。



end.
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