「‥‥‥‥疲れたー」

呟きは限りなくため息に近く、投げ出すようにして座ったのだろう椅子の軋む音に渋沢は僅かに顔を上げた。

「だからほどほどにしとけって言ったのに」

呆れを前面に押し出した口調でいえば、全身で椅子に懐くように凭れかかった三上の伏せた顔からもごもごと何らかの返答があったのだが、巧く聞き取れないままに声は途切れる。それきりぐったりと動かない親友に、渋沢は軽く肩をすくめると手元へと視線を落とした。
急須にお湯を落とす柔らかな音と白い湯気が頬をかすめ、その温かみになんとなく笑みを誘われる。ほんのりと甘い緑茶の香りが冷えた室内の空気に柔らかく広がって、渋沢はひとつ、大きく息をついた。

遥か高みから吹き降りてくる凍てつくような冬風が、先ほどまで換気に開け放たれていた窓をカタカタと揺さぶっている。

「ほら三上、茶」
「んー‥‥」

ぐったりとした三上の傍にゆるゆると湯気を立ち昇らせるお茶を差し出せば、いかにも億劫げな動作の腕が伸びて湯飲みをさらっていった。そのまま、なんともだらしのない格好でずずずーっと緑茶を啜ると、全身から空気という空気を抜きそうな勢いの息をひとつ、大きくついた。疲れの度合いが窺えるその息に、渋沢もつられるように息をついてお茶を啜る。
適温より少し熱めに入れた日本茶は、年末の掃除に疲れた身体をほどよく温めてくれた。

「‥‥あー」
「張り切りすぎだな、三上。体力が落ちたんじゃないか?」
「うっせぇ、使う筋肉が違うだけだっつの。大体、年越しは綺麗な部屋でっつったのはおめーだろうが。お前こそもっと張り切れ、もっと」
「失礼だな、ちゃんと掃除してただろう」
「俺より張り切れ」
「何だ、それ」

理不尽なもの言いに思わず吹き出せば、茶を啜りながらぷいっとばかりに顔を逸らされた。疲れているからか、はたまた相手が自分だからなのか、普段より幾分幼いその仕草にまた笑みを誘われたが、堪えて視線を窓へと逃がす。
年の瀬も間近の冷たい風に洗われた冬空は、抜けるような冬の青をしていた。

「年末かぁ‥‥」
「そうだな」
「なんか、早かった気がする」
「ああ、‥‥すごく早かった」
「全国とかさ」
「うん」
「10番とかさ‥‥」
「ああ」
「もうあのユニフォーム、着ねぇんだよなぁ」
「俺の1番もな」
「早かったなぁ」
「ああ、すごく早かった」
「お前それさっきも言ったぞ?」

視線は窓の外に、手には湯飲みを持って。
3年間、住みなれた寮の自室で交わす言葉はひどく穏やかで、渋沢をすこし不思議な気分にさせる。

「そういえば三上、いつ実家に戻るんだ?」
「んー、出来る限り遅くだから、28か29。‥‥家帰ってまた掃除とか、ありえねー」
「ははは、住んでないのに大掃除だけっていうのもな」
「だろ?それにさ、」

3年という時間を一緒に過ごした人間と、こうして穏やかに話をしていられるのは、それは幸運なことなのではないだろうか。




「お前と一緒に過ごしてきたこの部屋が、ウチ、って感じがする」




こんな風な言葉を交わせる、それはとてもとても、幸福なことなのではないだろうか。




「‥‥そう、だな。大掃除もしたしな」
「おうよ。年越しは居ない部屋だけど」
「ウチ、だよなぁ」
「なぁ?」

視線の先では窓がカタカタと揺れている。冬の空はとても青く綺麗だ。
手の内には温かいお茶があって、そして傍には、大切な存在が居て。
それはとても幸福な年の瀬だ。

「三上、」
「んー?」
「来年も宜しくな」

視線をめぐらせ呼びかければなんの迷いもなく返される視線に、心を込めた一言を送る。
椅子に懐いてお茶を啜る三上が、気が早ェよお前、と笑った。







end.(12.31/2005)

皆様の道行きが光に溢れたものでありますように。
良いお年をお迎えください。




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