シャリリと足元から響く鳴き声。
落とした視線の先で、砕けるのは。









名門、武蔵森学園。

名門、というのは、戦前から続く長い歴史だとか歴代卒業生の華やかな経歴だとか、寄付金のケタだとか。其れを論い、半ば揶揄するように『名門』と言う輩もいるけれど、実際伊達で名門呼ばわりされているわけは、決してない。
卒業生、保護者連から齎される潤沢な資金、コネクションをバックボーンに、整えられた環境。公立では在り得ないほどの立派な学舎、厳しく吟味された教職者。濃密且つ緻密な各カリキュラム、文武両道の訓のもと、勉学においても部活動においてもそれは変わることはない。
英才を養育する為の環境。‥‥弱き者は、去らざるを得ない場所。

振り落とされることは日常茶飯事で、序列は無言で厚い壁を打ち立てる。
美しく整えられ過ぎた環境は、真綿で首を絞められるように柔らかな圧迫をもたらす。
常に試され、監視され、後から崩れ落ちていく階段を上り続ける毎日。
努力は要らない、求められるのは経過ではなく結果。

それは宛ら、闘いの場。

結果を求め、求めて続けて、そして敗れたら?




‥‥敗れた、俺は?









「アキ。」

不意に聞こえた声に、三上ははじかれたように顔を上げた。
シャリリと足元が、また鳴いた。

「‥‥中西。」
「うん。」

意識して呼びかけたわけではない。幼い頃から舌に馴染んだ其れは、合図のように三上の口から零れ落ちる。対する幼馴染みの返事も、相づちともなんともつかぬものだ。

シャリ、シャリと。足元からの鳴き声が、赤く染まった夕空に響く。

夏の間、その溢れる生命力を誇らんばかり生い繁り、森の名を冠するに相応しい壮麗な姿でもって学園を包み込んでいた樹林たちも、季節の移ろいとともにその姿を変えていた。
淡く色づいた木の葉は、時ならぬ雨のように時に静かに、時に風を伴い色なす嵐となって華々しく舞い落ちる。
校庭といわず渡り廊下といわず、気ままに降り積もる木の葉たちは、こうして学舎と生徒居住区をつなぐ学路の外れにおいても、変わることなく。いや、人のあまり通らない外れだからこそ、だろうか。
厚く積もった木の葉の上に、二人は居た。

シャリシャリ、シャリと。

「凄い葉っぱだねぇ。」

いつもどおりの飄々とした口調で話しながら、中西が歩く。
三上は其の姿をぼんやりと見ていた。

「葉っぱ、乾いてるから、凄い音、すんね。」

色づいた木の葉は乾いた音を立てる。
中西の歩みにあわせ、音を立てる。

「砕ける音。」
「‥‥俺の?」

中西は、歩みを止めた。音が止んだ。
ヒタと合った視線、双方酷く感情が欠落しているように、静か。

「アキ。」
「‥‥俺の、音かな。」

三上が一歩、足を踏み出す。
シャリ、と、乾いた音が足元から響く。

舞い落ちた木の葉。落ちた木の葉は、樹には戻れなくて。
カサカサに乾き、命を奪われ、こうして誰かに踏みつけられて、砕けて、死んでいく。




頂へ登る為に、死ぬほどの勢いで頑張った。
歯を食いしばって、涙も汗も振り捨てて、競争者を蹴落としながら。
それでも、登りたかった。その向こう側を、見たかった。
高みへ。その先へ。

‥‥行きたくても、行けなかった。




‥‥‥‥敗れた自分は、乾いて、砕けて。死んでいくのかな。




「違うだろ。」
「‥‥え、」
「葉っぱは乾いたら砕けるけどアキは砕けないよ。」

飄々とした、けれどどこか確信に満ちた中西の声に、三上は言葉を失った。
合った視線、互いに逸らすことなく。

「砕けない。」
「‥‥なんで、」




「だってお前はまだ乾いてないから。」




ザッ、と高い音を立てて地上の木の葉が舞った。
咄嗟に目を瞑って、次の瞬間には、一気に間合いを詰めた中西の、温かい体温を感じていた。

「‥‥っ、」
「一度負けたから何。選抜落ちたから何。お前は其れくらいで砕けないよ。乾かない。そんなヤツじゃない、何年一緒に居んのよ。お前のことなんて自分のことより知ってるよ。足掻いて足掻いて、足掻きつくすんだろ。這いつくばってでも進むんだろ。知ってるよ。」
「‥‥‥‥。」
「それが俺の幼馴染みだ。自慢のな。」
「‥‥‥‥あぁ。」
「それに、」

舞い上がった木の葉がはらはらと舞い降りる。
乾いているはずの其れは音もなく。




「たとえお前が乾いたとしても。
 俺が、お前のこと好きな人間全員が、お前を潤してくれるから。」
「‥‥くっせェ台詞なの。」




でもサンキュ。

小さな声は、無音で舞い落ちる木の葉に紛れることなく、優しい幼馴染みのこころに、ゆっくりと染み渡った。





title/『帰り道・秋暮』
end.