星降る世界の夢を見た。
足元は水に満たされていた。
膝ほどの水、大気とは違う屈折率の向こう、服の裾がゆらめいている。流れがあるのだ。
(そう、此処は川だから。)
見上げた空は猛々しいまでに澄んだ紺青、無数の星が瞬いている。‥‥否、上空ばかりではない、その足元にも。
(なぜなら此処は、星の川だから。)
空から降り来た星達が、ふわりふわりと流れている。
広い広い河の水はゆっくりと、金色の光をまたたかせながら流れている。
(一日遅れだけれど、河の水量もそれほど多くない。)
そっと水に手を浸す。触れた水は息を飲むほどに冷たくて、驚いた。膝から下はもとより水の中であったのに、何故気がつかなかったのだろう。
(触れようと意識しなかったから、)
(触れられることを が拒絶していたから。)
冴えた水は黎明の青、痺れるほどの冷たさだけを手のひらに残して流れていく。
指の間をまたたく金色がすり抜けていく。手に取ろうとすればそれはするりと逃げていった。
(自ら近寄ってくるのに、触れることなく、自ら去っていく。)
水の中で瞬く光。流れていく、離れていく。
冷たくて綺麗で、それはまるで、
(それは、‥‥)
皮膚を刺激した冷たさに、不破は一気に覚醒した。
バチリと音がしそうな勢いで開いた視界を、光を弾く金が掠めた。同時に、ピクリと動きを一瞬とめた、すぐ傍にあった金髪の持主の表情も。
「‥‥すまん、起こしてもぉた」
呼吸一つぶんの間の後、軽い声音に苦笑を混じらせての言葉の意味を、不破はまばたき一つぶんの間で吟味するが、伏せていた頭を上げると同時に頬を滑り落ちた雫が教えてくれた。それと、シゲの手にある清涼飲料水の缶が、だ。
其れはよく冷えているらしく水滴を纏い、夏の走りの大気にパッケージの赤をいっそう鮮やかに浮かび上がらせている。
缶を握る意外に骨太な指を掠めて、雫が一つ滑り落ちた。部室に設えられた古びた木製の机に、音もなく小さく黒い点を穿つ。
(‥‥小さな、綺麗な、金の欠片。金色の、星の川、)
「天の川」
「は?」
「‥‥‥ああ、そうか」
唐突に呟かれたその言葉をどう思ったか、コーラのプルタブを引き上げていたシゲが短く声を上げて視線を向けてきた。しかし不破はその視線を気にした様子もなく、浅い眠りの中でみた夢の内容を、小さな呟きとして零す。
「‥‥あれは、天の川だな。そうか‥‥」
「不破ー?不破セーンセー」
「ぬ、」
ペチリ、と頬に当てられた冷たさに不破は一瞬肩を揺らして顔を上げた。
そこには机に浅く腰かけるように凭れたシゲが、不破の頬から引いたコーラの缶を手にニヤニヤと笑っている。
「何をする」
「だーってまた不破がトリップしてるからやーん。さっきはさっきで寝てるし、今は今で俺の存在、忘れとったやろ」
「‥‥む」
ニヤニヤとした笑いを含ませた言葉は、けれどどこかヒヤリとするものを含んでいて。
忘れたわけではないと言い募りたい気が脳裏を掠めたが、微かに細められた眼差しに、凍りついたように言葉を発することが出来ない。
(指先を拒絶する冷たい水、その中を流れていく金の光)
ふ、とその視線が緩められた。戒めるような強さが消え、代わりに緩い笑みが口の端に浮かべられる。‥‥たったそれだけで、目の前の男の印象は真逆ほどにも変わってしまう。
「なーんてな。不破、疲れてんやろ。しゃーないわなぁ」
「‥‥‥‥疲れてなど、ないが」
「疲れてないことなどないんですぅ。不破、これまで本格的に部活てやったことないんやろ?サッカー始めるまで結構インドアな生活してたんやろうし、疲れて当然」
「‥‥‥‥そうなのだろうか」
そーなんですぅ、と語尾を延ばす歌うような口調でシゲは答えると、コン、と高い音を立てて手に持っていたコーラの缶を机に置いた。表面を伝う水滴がその振動にパラリと机に暗い欠片を星影のように散る。其れを見るともなしに視線で追った不破は、不意打ちのように翳った視界に反応できなかった。
「‥‥ッ、」
「眠いなら、もちょっと寝とけや。タツボンがココ閉めに帰ってくるまで、もちょいあるやろ」
したら起こすし、と言うシゲの声が、薄闇の中に妙にぼんやりと響く。
瞼の上に置かれた手は、握っていたコーラの冷たさを吸い取って、ひどく冷たい。
(手の間を、すり抜ける、冷たい水と金の光)
(それはまるで、)
「佐藤」
「‥‥‥‥‥‥不破?」
まるで、この男のような。
瞼の上に乗せられた手に、己の手を重ねるようにして握りこむ。
冷たい手だった。‥‥シゲが震えたのが、判った。
「‥‥何?不破センセから触ってくるのん、珍し‥‥」
「天の川に立つ夢を見た。」
シゲの声を遮るようにして不破は言葉を紡ぐ。
「星の川だった。川の中には、星が流れていた。冷たい水の中に俺は立って、流れてくる星を捕まえようとしていた。けれど、星は手をよけて流れていく。捕まえられない。綺麗な、金色の星だった」
「不破、」
「逃げるな」
言葉など欲しくない。‥‥逃げようとする言葉など、断じて受け取らない。
手厳しいな、と呟く声がした。
瞼に乗せられた手は未だ冷たくて、不破はその手を強く握り締めた。
title/『ave maris stella』
end.(07.08/2006)
敗因→1・祝っていない。2・不破シゲっぽい。
‥‥‥‥誕生日おめでとうシゲ。これ続きがあるんじゃない?(そんな自分に疑問系)
原作軸7月8日。七夕翌日なので天の川。出来上がってはいるけれど、まだ本気ガチ勝負には至っていない二人。逃げっぱなしは許しませんと追いつめる不破。続きかけたらいいな!
絵チャで照れるほどカッコイイシゲを拝ませてくれた高刀さんに捧げます。
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