天気明朗、本日8月27日は関東選抜主将・須釜寿樹の誕生日である。
『だから一緒に食事しませんか〜?』
「‥‥‥‥‥‥‥‥。」
通話ボタンを押すと同時に聞こえてきた台詞に、つきかけたため息を飲み込んだのは欠片ほどに残った良心だ。
『ちょっとー大塚くーん?聞こえてます?』
「‥‥聞こえてる。」
聞こえ過ぎて嫌になっている、とは心の中でだけ呟くに留め、大塚兼太郎は持っていたゲームのコントローラーを床に落とすと、肩で押さえた携帯へと手をやった。
ついでに背凭れ代わりにしていたビーズクッションに身体ごと投げ出す。
エアコンを効かせても尚暑い残暑の厳しい日差しが入る私室にあって、クッションのたてるシャリシャリとなんだか冷たい気分になる音に、ほんの少しだけぐるぐるとしてしまった精神をクールダウンしてもらった気分になった。
『だから、今日ぼく誕生日なんだよv』
「知ってる。」
『え、大塚くんてばぼくのファン?いやー照れるなぁ』
「違う。」
以前、同クラブに所属している関係で、事務所でたまたま閲覧した資料に載っていただけのデータではあったが、この電話先の人物(の中身を知ってか知らずか)尊敬している人間が多い、先日召集された関東選抜の面々にリークしたのはつい先日のことである。妙に嬉しがっていたチームメイトを前に、一体そのデータを掴んでどうするのかと思いはしたものの、世の中には知らなくても良いこともあるのだと己を納得させたのは、つい先日のことだ。
『そう?ぼくは大塚くんのプレー好きだけど。まぁいいや、ともかく誕生日なんですよ。』
「‥‥‥‥ああ、そう。で?」
『で、暇だし、一緒に食事でもどうかなーと思って。』
「断る。」
よく言えばいつ如何なる時でも泰然自若、ぶっちゃけ常時呑気なだけの聞き慣れてしまった声に、大塚は自室の天井を半眼で睨みつつ、間髪入れず否を返した。
『わぁひどい。なにもそんな即答しなくてもいいじゃないですか』
「もったいぶったところで答えは同じだ。断る。」
『奢りですよ?』
「誰の?」
『大塚くんの。』
「断る!」
先ほどと微塵も変わらない朗らかさでもってとんでもなく理不尽なことを言ってのける相手に、怒ったら負けだと一体何の勝負なのかは自分でも不明なまま己に言い聞かせる。
『だってぼくの誕生日なのにぼくが奢ってどうするんですか』
「お前今自分がどんだけ理不尽なこと言ってるか自覚あるか」
『それに暇だしー、どうせ大塚くんも暇なんでしょ?クラブは日曜まで夏休みだし、大塚くんだって自宅でビーズクッションに懐きながらゲームしてるより外で遊んだほうが健康的ですよー。若者よ、自室を捨てて街へ出よー』
「余計なお世話だ!‥‥って、ちょっと待て、お前なんでゲームとかって
「それはぼくが大塚くんちに居るからv」
取り落とした携帯が、床に落ちたゲームコントローラに当たって跳ね返り、外から開けられたドアの前に立った笑顔の須釜に拾い上げられた。
「あー涼しい、でも大塚くんちょっとエアコン効かせ過ぎじゃない?設定温度24度なんて肩にも膝にもクールビズだって似合わない半袖シャツ着せられてる政治家さんにも悪いですよ」
そう言うや、勝手知ったる他人の家とばかりに勉強机の上に投げ置いていたエアコンのリモコンを取ると、慣れた手つきで設定温度を変更した須釜を、大塚は何も言わず‥‥否、言うことが出来ないまま、その長身を呆然と見上げた。
「こんにちは、大塚くん。あ、お母さんから伝言ですよー『今日はお父さんとお姉ちゃんと家族三人で食事に行ってきます。うふふ、中華街よ。ケンは須釜くんのお誕生日祝ってあげなさいよ!』‥‥ハイこれお母さんから軍資金。」
ヒラヒラヒラリと軽やかに舞い降りてきた与謝野晶子は、音も立てずに大塚の手元へとやってきた。
「言っておくけど、ぼくから誕生日だって自己申告したわけじゃないですよ?何でも大塚くんのお姉さんがクラブの公式ホームページで知ったとかって。いやー、僕自分のデータがそんなところに載せられてるの知りませんでしたv」
「‥‥‥‥‥‥俺も知らなかったよ。」
呑気な口調で流れるように話す須釜に、大塚はようやっとの思いで一言だけ返した。遠い目をしたくなるのはこんなときじゃないのかなと、実際窓の外を見遣りながら考える。よく晴れた、好い天気だ。
「大塚くん?」
「‥‥ほら、食事だろ何食うんだよ、リクが無いならうずらの卵がたんまり入った八宝菜にすんぞ、ていうか俺はその気分だ」
「え、待って待ってそれは勘弁して」
「リクエスト締め切りまで10、9、‥‥」
手元の札を拾い上げ、財布に押し込んでから足早に部屋を後にする。
後ろで軽い電子音が聞こえたのは須釜がエアコンのスイッチを切った音だろう。
駆け下りるように階段を降り、家人の気配の無くなった静かな玄関でスニーカーを突っ掛けて玄関を開ける。夏の名残りの光が焼くアスファルトの匂いが鼻先を掠めた。
「待って、大塚くんてば、ほら鍵」
「オイ、」
「はい?」
「誕生日おめでと。」
後ろから追いかけてきた声を振り向きもせず投げた言葉の、返る言葉を聞く前に駆け出した。鍵を掛ける音が聞こえて、一緒に須釜の声も聞こえたのだけれども、聞こえないふりで走っていく。
ああ、今日は本当に、好い天気だ。
end.(08.27/2005)
2005須釜寿樹様誕生記念。‥‥何故か他の誰よりも祝ってる記念日(笑)
大塚兼太郎くんは関東選抜FW11番くんです。noteにある『終わりなき夢への道程/関東選抜編』を参考にドウゾー(?)
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