「フランスに行ってこようと思う。」
そもそもの出会いである侵入事件からして破天荒と言うかなんというか、とにもかくにも驚かされてきたのだ、今更生半なことで動じているようでは始まらない。
確かに唐突といえば唐突だ、先程まで大人しく床にぺたりと座り込んで(可愛い。たまに声を掛けると上目遣いで見上げてくるのが堪らない。)何処からか持ってきた小説だか何かをなんだか真剣に(これも可愛い。相手をしてくれないのは少しつまらないけれど。)読んでいたところを、何の脈絡もなしに顔を上げて宣言されたのだ。しかも微妙に嬉しそうというか爽やかというのか、ともかく微妙に上機嫌ときている。急激な(いや微妙なのだけれども)感情の変化をあまり見せない不破にしてみれば唐突といえなくもない。
が、よく考えてみれば、いっていることは決して破天荒なことではないのだ。フランスに行ってこようと思う。それは言葉として意味も筋も通ったものだ。まぁ唐突ではあるが。
唐突ではあるが、決してロケットエンジンの新型理論を完成させたとか三上のタレ目矯正を始めたいのだとか、そういう唐突さではない。ある意味真っ当。
こんなことくらいで動じていて恋人など勤まらないだろう。
頑張れ、俺。
‥‥‥‥‥と、此処までの渋沢克朗の思考処理時間、0.7秒。
「そう、何をしに?」
そして、にっこりと笑って隣に座る不破に問いかけたのが0.3秒後で。
「うむ。『フレンチキス』とやらを習ってこようと思ってな。」
「ちょっと待ったーッッ!!!!!」
今にも立ち上がって空港に赴かんばかりの身体にすがり付いて止めたのは、計測不能な素早さであった。
「ふふふふふ不破、不破く、ちょっ、ねぇそれ意味解って言っ」
「先程読んだ文章からすると要は濃厚なくちづけといったニュアンスが受け取れるのだが French と名を冠されるからにはこれはフランス人特有の何か技能がそこに隠されているのではないのだろうか、となれば直接フランスに赴き教えを請‥‥ぅむっ、」
‥‥甘い声と水音が響くこと、16.7秒。
「‥‥っと、こういうキスのこと言うんだよ、解ってくれた?」
「‥‥‥‥‥‥かし、渋沢はフランス人では、ないではないか。」
「フランス人じゃなくても出来るんだよ。」
「ぬ、そうなのか?」
こっくりと頷く渋沢に、そうなのか、了解した。とあっさり頷いた不破を抱きしめて。
渋沢は、深く長〜いため息を、ついたのであった。
‥‥ため息の長さは2.4秒。その深さを数値に表すのは酷ということで、控えておこう。
「‥‥ふむ。では、渋沢。」
「え?何。」
不破の言動が突拍子もないのは今に始まったことではない。
そしてその言動に渋沢は、今もこれからも、長い長い予測不能な時間、振り回されていくだろうことを。
「フレンチキスについてはお前に教えを請うとしよう。」
「‥‥‥‥‥‥そうして下さい。」
抱きしめた熱と、口唇のやわらかさと、悦びを噛み締めながら、確信したのであった。