壁一つ隔てた向うは、眩暈がするような熱気。
一方のこちら側は、俺の心意気を見ろ!とばかりの冷気。
足して割ったらきっと気持ちいい、というわけで陣取ったのは、陽光も当たって、且つ涼しいなんていう、窓際の席で。

うん、まあ、だから気持ちの好い席なんだ。
だから、きっと、仕方がないんだ。

カタコトカタコトと揺れる車内で、途方にくれる。
今走っている電車の中で、きっと俺が一番途方に暮れているんだろう。そんな勢いで、途方にくれる。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥どうすれば‥‥」

さり気ない呟きはカタコト揺れる電車の走行音に紛れて消えた。
けれど、手のひらの中の温みは、消えてはくれなかった。

だって、あまりに不安定だったから。
だから、思わず手のひらを出してしまっただけなんだ。

ナショナル選抜、遠征の帰り道。
海外遠征は成田で解散、三々五々帰路に着くわけだが、当然のように東京組は同じルートなわけで。
普段であれば同道する同校生の藤代はといえば、「不破が迎えに来てるから一緒に帰りまーッス!じゃあねキャプテン!!」‥‥と、成田に迎えに来た不破とそのハトコ(大変非常にこの上なく不機嫌な、不破そっくりなひとだった。あの不機嫌オーラに負けない辺り、さすが藤代だとワケもなく思ったものだ)と共に大きな黒塗りの車で帰ってしまった。まぁ、だからって別に寂しいわけでもなく。そう、一人で帰っても全くこれっぽっちも構わなかったのだが。だが。

『渋沢ー、途中まで一緒に帰ろーぜ!』
『結人もうちょっとテンション下げて、うるさいでしょ』
『あの‥‥渋沢さん、一緒に帰りませんか?』

三人三様、個性が如何なく(?)発揮された誘い文句で、一つ年下の連中と一緒に帰ることにした。
季節は夏のど真ん中。疲労も重なった遠征帰り。

だから、きっと、仕方がなかった。

「‥‥あれ、一馬寝ちまったのかよ?」
「‥‥熟睡してるね」

掛けられた声に、曖昧に笑って頷く。
出来るだけ身体を揺らさないように。
正確には、手のひらにぽふりと収まった、眠る真田の頭を揺らさないように。

眠そうだな、とは思っていたのだ。
なにせ、外気の暖かさと車内のエアコンが絶妙に混ざり合った、絶好のお休みスポットだ。
ちょうどアイドルタイムというやつなのか、車内の人も、とても少ない。
カタコト揺れる車体。身体を暖めて冷やす車内。
隣りに座って、うつらうつらと舟をこぐ真田の、カクリと落ちた頭を手のひらに掬うように受け止めたのは、‥‥うん、まあ、仕方がないというか、GKの性分というか、条件反射というか?

小さな寝息が聞こえる。手のひらに受け止めた温かな頭。

「一馬、遠征に出るとマジ体力ゼロにして帰ってくるよな」
「そうだね、遠征途中に倒れないのはもう気力でしょ」

真田の幼馴染みであり、自分にとっても年下の顔馴染み達が肩をすくめて語る、俺の知らない真田の話。それを当の本人をわし掴み(?)にした体勢で、静かに聴く。

「枕が変わると寝らんねーとか俺わからねぇ」
「結人はどこでも爆睡するものね」

俺の知らない真田の話。そうか、辛かったのかな。
海外に行ってる間、けれど俺の前に立つ真田はちっとも辛そうじゃなかった。
いつだって睨みつけるように、つり上がり気味の瞳をヒタリと前を、未来を、勝利を見つめて。‥‥その瞳が此方を向いて、ときおりふわりと和むのを、見ていて。
だから、こんな風に眠っているのを見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。少なくとも、その頭をわし掴みにされて(してるのは俺だが)寝ている姿は、初めてだ。
小さな頭。サラサラとした真っ黒な髪が電車の揺れに合わせて手のひらを掠める。くすぐったい。心が、ザワザワするような。

「‥‥あ、俺ここで乗り換えだわ」
「俺もだね」

カタンと一つ大きく揺れた車内、そう事も無げに言った若菜と郭へ思わず目をやった。‥‥それまで眠る真田を凝視していたことは、この際横に置いておく。

「え、ちょっとお前ら、真田は」
「あ、一馬はもうちょっと先まで渋沢と一緒なー」
「そうだね‥‥ええと、あの駅まで」

郭がいう駅は、確かに俺が松葉寮へと帰る道沿いの駅で。‥‥ああ、真田の家ってこの辺なのか、と思考の片隅で思いつつ、妙に慌てた気分で真田の幼馴染みたちへと声を掛けた。

「え、ちょっと」
「それじゃ渋沢お疲れ!、一馬のことヨロシクー」
「お疲れ様でした」

にこやかに、飄々と。
挨拶をする二人に、え、とか、う、とか。そんな、言葉にもならない声しか返せない。
カタコトカタコト、揺れる電車は一つ大きく揺れてから、止まる。
大きな遠征用のバッグを持つチームメイト。
若菜は何故だか妙に笑顔で、俺へとヒラヒラッと手を振る。
郭はいつもどおりのクールな表情で、ただし一言。




「‥‥一つ言っておくけど。一馬、本当にナイーブなんだよね。だから滅多なことじゃ弱音も吐かないし倒れたりなんて絶対にしないし、居眠りだってしないんだよ。‥‥本当に、好きな人の前ででもなければ、ね」




「‥‥え?」




パシリと閉まるドア。
ドア向うに、食えないチームメイト二人。
手のひらに、可愛いチームメイト、一人。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥どうしてくれようか‥‥」

さり気ない呟きはカタコト揺れる電車の走行音に紛れて消えた。
けれど、手のひらの中の温みは、消えてはくれなかった。

だって、あまりに不安定だったから。
だって、‥‥あまりに可愛いから。
だから、思わず手のひらを出してしまっただけなんだ。

ああまったく、どうしてくれようか。

手のひらの温みを、揺らさないように、そっとそっと持ち上げて、そのまま、己の肩に持たせ掛ける。
手のひらから移った、肩のぬくもり。
どうしようもないくらい、可愛い愛しい、ぬくもり。

「どうしようかなぁ‥‥」

どうしようか。どうしてくれよう。
肩のぬくもり。‥‥ひっそりと握った、手のひらのぬくもり。

まあとりあえずは、この状況を楽しんでみようか。
この可愛いチームメイトの、到着駅まで。

気持ちの好い席に座って、気持ちの良い手のひらと肩の温みを。

‥‥さて、その後はどうしよう?









(言うべき言葉なんて、本当は解っているのだけれど。)
title/癒し系
end.(06.07/2003)