影を踏まれては負け 鬼に捕まってしまいます




「影ふみ鬼か」

日暮れの街にはいろいろなものが溢れていて、それは閉店時間を迎えたお店のシャッターを下ろす音だとか、夕飯のカレーの匂いだとか、時間を忘れて遊ぶ小さな子どもの声であるとか。
そういった、朝でも昼でも夜でもない、こうして背中を押すように迫る赤の、夕刻にだけ聞かれる音が、赤く潤んだ空気に溶けていて、こうして歩く自分たちの足音も、そんな風に誰かに聞こえているのかなと思うと、どこか不思議な気分になる。

「そういえば、昔やったな」
「なに、昔って、20年位前?」
「‥‥‥‥‥‥。」

遠く聞こえてきたこどもの声に、ふと思い出していった言葉に返されるのは、少しだけ前を歩く、聞き慣れたからかいの声。

「影ふみ鬼ね‥‥そういうの、確かに昔はよくやってた気がするな。」
「影ふみ鬼、色つき鬼」
「缶蹴りとか」
「あと‥‥、ケードロ?」
「おー、あったあった。アレ場所によっちゃドロタンて言うんだよなー」

他愛のない会話、寮につくまでのごく僅かな時間。

「ま、サッカーを始めてからはすっかりしなくなったけど。」
「だな。」

何もかもが赤に沈んでいく街の中で、隣を歩く足音さえ、その濃度を増していく夜の色に吸い込まれるかのように、どこか遠く。

「影を踏まれたら負け、か」
「あ?何だよ」
「だったら、俺の負けなのかもな」
「え?」

背中を押してくる夕陽はますます赤く、ひたひたと夜を連れて来る。
長く伸びた影、端を潤ませながら地表を這う闇色は、三上の足元を暗く沈めていた。
唐突な言にも察しよく気づいた三上が、其れを見て笑う。

「おー、俺の勝ちじゃん」
「不可抗力だけど」
「それでも勝ちは勝ちー。辰巳の負けー」
「ハイハイ」

歌うように軽やかに、三上の声がこだまする。
西を彩る紅はますます赤く、足元を浸す夜闇は、影を飲み込んでいく。

「ん、さっさと帰ろうぜ、夕飯食いっぱくれる」

足元は闇に沈む。
三上の足元にあった影は、もう見えない。

「影を、」
「辰巳?」
「‥‥‥‥なんでもない」

しばしの沈黙の後で言えば、どこか不服げな声が返ってきたけれど、それは聞かないふりで歩き出した。待てよ、と数歩遅れて三上が追いついてくる。足音。
振り返りざまに見たその横顔を、最後の光が鮮やかに打ち抜く。

「辰巳」

その声が、心臓を撃ち抜く。




影を踏まれては負け 鬼に捕まってしまいます




「‥‥そんなの、もうとっくの昔に捕まってしまってる。」




title/『残紅』
end.(11.15/2005)
影ふみ鬼。昔の遊びはどこか怖いところがあってドキドキする。
これも連作になる予定でした‥‥

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