近寄らないようにしている。
だって、怖いから。
「それ以外に理由なんて無いよ」
「ふぅん」
言い切れば、誠二はそれだけ言って、黙った。
タクがそうなら、それでいいよ、といって黙った。
‥‥だって、そうなんだから。それ以外に、なんてないから。
凄いひとだ。
頼れるキャプテン、サッカーは言わずもがな、勉強も出来るし、なにより優しい。
レギュラーだとか三軍だとかそんなのお構いなしに、皆に優しい。公平なひとだ。男集団、実力主義の体育会系で、いっそめずらしいくらいには。すごく、優しい人だ。
「笠井」
「はい」
上級生の呼びかけには即座に返事。
こんなことは校則とか寮則とか、そういうの全部突き抜けたところにある基本だ。この集団で生きていくための基本であって、他意はない。全く、ない。
だから、そんなに優しく笑われても、困るだけだ。
「部屋にお菓子あるんだけど、食べるか?」
「え?」
「貰ったものなんだがな。三上は食べないし、俺も食べないから」
「ああ‥‥三上先輩、お菓子とか甘いもの、本当嫌いですよね。何かトラウマでもあるのかな」
「はは、中西あたりなら知ってそうだけど。けどなぁ、同じ室内にあるのもイヤと言われても‥‥」
そう言って、見上げた顔が困ったように笑う。
少し眉を寄せて、緩く振った頭に合わせて淡い色調の髪がふわふわと揺れた。
大きな身体のてっぺんで揺れる淡い色はちょっと不思議な感じで、じっと見上げていたら、視線に気づいた先輩が、こっちを見てにこりと笑った。
その笑顔にどうしていいかなんて解らなくて、やっぱり困って、視線を逸らした。上級生に、しかも全部員から神様並に敬われてるひとに、失礼なのは解っているけれどでも、どうしようもない。
だって、困るんだ。それだけだ。
キャプテンは怒らない。
キャプテンは優しいから。こんな俺にも、笑ったままで、会話を続ける。
「お菓子、笠井が好きなヤツだよ」
「何で知ってるんですか?」
「え?ああ‥‥なんでだろうな」
笑ったまま、眼を合わせて。
キャプテンは、なんでだろうと、言う。
名前を挙げられたお菓子は、確かに俺の好きなものだった。
三上先輩には甘すぎて食べられないだろうなとか、実はこのお菓子根岸先輩も好きなんですよとか、そういう言葉が頭の中をぐるぐると回って、けれど今この状況にその台詞があっているのか解らなくて。
「笠井」
「‥‥ッ、」
反射的に振り払った指先は、少しひんやりとしていた。
結局、誘いを断って足早に部屋に戻った。部屋には誠二はいなかった。またどこか、‥‥それこそ、三上先輩とキャプテンの部屋に遊びに行ってて、お菓子を食べてるのかもしれないとか、そういうことを思う。
キャプテンはそれをどんな顔して見てるのだろうか。
やっぱり微笑んで?俺に向けた笑顔と同じ顔で、誠二を見ながら、片付いてよかったな三上、なんていうのだろうか。解らない。
キャプテンのことは、解らない。解らないから、怖い。怖いから、近寄りたくない。
近寄っては、いけない。
ベッドに倒れこむようにして横になる。
帰宅して投げ置いたままの鞄と制服が、倒れこんだ反動で少し弾んだ。
朝起きたときのままのシーツは少しひんやりとしていた。
あのひとの指先と同じだと、少し考えてすぐに打ち消した。
近寄らないようにしている。
怖いから。これからも、近寄らないでいたい。
だって、怖いから。それ以外に理由なんてない。そうだ。怖いから。
怖いから。
‥‥好きになるのが、怖いから。
end.(11.25/2006)
渋笠がどうしても読みたくなったときにネットで探しまくったが見つからなかったので自給してみました(笑)
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