不意に立ち上がって窓を開けた、部屋の主の行動に目を瞬かせた。
「不破くん?」
家屋全体の前衛的なデザインとはまた異なるスクエアな、どうにか一般的と括れなくもない窓はカラカラと呑気な音を立てる。窓の向うは夜の藍色、ふわりとカーテンをはためかせた冬の風と引き換えるように軽く身を乗り出した不破を、渋沢は不思議そうに見上げた。
「何か、あるの」
答えはない。
この至近距離で聞こえていないわけもなく、かといって意外と律儀な不破が渋沢の言葉に何の応えも返さない、というのも滅多にない話で。
さて、首を傾げた渋沢は、とりあえず、しばらく待ってみた。
「‥‥音がしたのだが」
「何の?」
しばらくそうして窓の外を見遣る不破を眺めていた渋沢は、呟かれた言葉に更に問いを重ねた。
その声に引かれたのか、外を見ていた不破は窓の桟に掛けた手にぐっと力を入れると、乗り出していた身体を室内へと戻す。そして、見上げる渋沢のほうを見ると、淡々とした声で「何かの破裂音」と答えた。
「破裂音?‥‥タイヤがパンクした音とか?」
「いや、そうではなく‥‥。何か、火薬の、炸裂音のような」
「ええ?」
淡々とした口調で微妙に物騒なことを言う不破に、渋沢も立ちあがるとその隣りへと歩いていった。藍色に沈んだ街並からは冷えた夜の風がゆるゆると吹き込んでいたが、尚も外を見ている不破の肩越しに外を見、耳を澄ませる。
「‥‥あ」
「聞こえたか」
「聞こえた、聞こえた。確かに火薬の音だね。‥‥というか、これ」
何か掠れたような高い音だった。
距離があるのか、ほんの少しの反響音を伴う高く爆ぜるような音。
どこかで、確かに聴いたことがある、それは、
「あ、」
その音に同時に思い当たったのか、軽く仰のくように見上げてきた不破と、かちりと目があった。そして、同時に口を開く。
「「花火の音だ」」
見事なユニゾンとなった言葉に、合わせた目を二人してしばたく。それから、笑い出した。
「うわぁ、綺麗に言葉がハモッたなぁ」
「む、同時に同じ解答に行き着くのは珍しいことだ」
「ああ、いつも不破の突拍子もない回答が先にあるから」
「違う、お前がのんびりと考えすぎているだけだ」
自分より少し細い身体に、背中から懐くようにして抱き締めながら笑えば、やはりこちらも笑いを含んだ声音が返された。そのまま、窓際にひっぱるように座り込む。夜風に少し冷えた身体を抱き寄せれば、忍び笑いながら身体を凭せ掛けられた。
「しかしまぁ、何かと思えば。冬に花火とは随分と酔狂な」
「あー、花火してる人も、こんな面白いうちに住んでる人間に酔狂とか言われたくないだろうけれど、同感だね」
「やかましい。‥‥しかし、どこでやっているのだろう?」
抱き締めていた腕をやんわりと振り解かれ、今度は膝立ちをして外を覗く不破に、渋沢は笑って肩をすくめる。
普段からあまり表情を顕わにしない恋人であるが、よく注意していれば意外とくるくると表情を変えているのだ。今も、そう。珍しい季節の珍しい音に、どこか楽しげな表情で外を一生懸命に見遣っている。
傍に居る渋沢を、見ることなく。
それは当たり前といえば当たり前で、自分たちは始終べったりくっついているわけではないし、ありえない。そういうのは、息苦しいとさえ思う。
自分たちは別個の人間で、完全に同じにはなりえない。視線も、‥‥気持ちも。
見えないところで鳴り響く花火のように、いつしかその姿さえ見えない場所へと、離れてしまうのかもしれない。
未来もずっと一緒に、なんて、それは夢のようなもの。
「‥‥見えないな」
「そう」
「残念だ」
「‥‥そう」
相変わらず外を見たまま呟く不破に、渋沢は小さく相づちを打つ。
‥‥いつか離れてしまう未来に、不破は少しでも残念と思ってくれるのだろうか?
不意に、不破が渋沢へと視線を落とす。
綺麗な目だと思った。真っ直ぐで、迷いのない目だ。
「残念ではあるが、お前と音だけでも楽しめたのはよかった」
「‥‥え、」
そういえば、お前とは花火をしたことがなかったな、とか。
音だけだが、少し気分が楽しめた、とか。
「不破くん、」
「‥‥?どうした、渋沢」
「うん‥‥」
ああ、けれど。
けれど今は、寄り添っていたいのだ。
偶然が重なり合って出会ったこの人と、自分はまだ一緒に居たい。一緒に様々なことを体験したいのだ。
「‥‥夏になったら、花火大会にでも行こうか」
「む、花火大会か。俺は行ったことがないぞ」
「花火を買って、庭でもしようね」
「ああ」
寄り添って、未来の約束を交わす。
其れが叶えられるかどうかは分からない。先のことは、分からない。けれど、
「一緒に観に行こう。約束」
そういった渋沢に、不破は静かに笑って頷いた。
不意に泣きたい気持ちになって、その身体を抱き締めた。
夜風に乗って響く花火の音が、微かに空気を震わせた。
title/『音もなく静かに寄り添って』
end.(2007.02.25)
『恋天』様よりお題拝借2つ目。
一つ目は三上のところにあります
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