最近、渋沢が猫を捕まえた。
「‥‥よし。セッティング完了、と。」
その声に無言で顔をあげる。
視線の先には、いかにも一仕事終えました的満足げな表情のルームメイト。
慣れた手つきで銀器の水気をきっている。
銀器に水気は大敵です。洗った後は素早く水を切らなければいけません。生半にはとれない水の痕がつくから。
‥‥と、そんな知識が無意識に頭に浮かんでしまうようになったのは、やはりこの目の前で楽しげにキッチンペーパー(お徳用)で銀器の水を取っている男のせいだろう。
長く一緒に過ごしてきたから。
なんとなく、ため息をつく。
「‥‥ん?どうした、三上。」
何でもない、と返した三上に、そうか、とだけいうと、渋沢は丁寧に水を拭い、なるべく指紋をつけないようにしつつトレイにセットした銀器と硝子器を、慎重な手つきで調理場の大型冷蔵庫へと運んでいった。
調理場と食堂を分けるカウンターの脇の辺りの床、目を閉じて直に座り込んだ三上の耳に、パタリと冷蔵庫のドア開閉音が聞こえた。
最近、渋沢が猫を捕まえた。
ツリ目っぽい、黒猫。
「すまんな、つきあわせた。」
「別に。暇だったし。」
足音と声に、ゆっくりと瞼を上げる。少しぼやけた視界。
見上げると、目が合った。クリアになった視界には、渋沢。
手を差し延べると、当然の動作で引っ張りあげられる。
勢いがありすぎて、少し身体にぶつかった。
転ばないように支えられた後、気をつけろよ、と言って髪をかき混ぜられた。
最近、渋沢が猫を捕まえた。
ツリ目っぽい、黒猫。
渋沢はそれをとても可愛がっている。
「猫は可愛いか?」
黒猫だよな。と続けて言う。
三上のその言葉に渋沢は少し、笑っていた。
「ああ、可愛いな。凄く。」
黒猫、か。確かに。
言いながら笑う渋沢に、三上も少し、笑い返した。
「いいなぁ。俺も、」
俺も、
俺も?
長く一緒に居すぎたのがよくないのだ。だから。
同じように可愛い黒猫が欲しかったのか、
可愛い黒猫のように可愛がって欲しかったのか、
それさえも判らなくなってしまったのだ。そのせいだ。
「長く暮らせば情だって移るさ。」
何か言ったか、三上?という問いに、何でもないとだけ答えて。
並んで部屋へと戻りながら、三上は髪をかきあげた。
サラサラとした己の黒髪を、一瞬だけ酷く疎ましく感じた。
綺麗な綺麗な、渋沢の大切な黒猫。
ああ、そういえば自分はツリ目じゃなかったっけ。
end.(07.22.2002)
これは本棚にある『夏料理』(渋沢×真田)の、裏バージョンです。
三上さんと渋沢は常に友愛以上。同じ様に三上さんに恋人ができたらキャプは必ず複雑になります。
思春期ならではの微妙な距離感。そういうの大好きだから(笑)
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