例えば、
青を断ち切る白い雲の軌跡、
地上の熱を吸い上げて唸る風鳴り、
遠く飛び立つ、飛び立った、飛行機の影。
桜上水中学の屋上は基本的に開放されている。
落下防止の高い二重フェンスが張られているものの、その4階校舎上から眺める景色は都会にあって都会ではない、独特の開放感と色彩に満ちていて、季節の良い春や秋ともなれば、少しくすんだ青い空と、コンクリート床の温かみとに包まれての昼食や、放課後の時間をゆったりと楽しむ生徒や教職員でつかの間の賑わいをみせることもしばしばだった。
とはいえ、それもあくまで休憩時間のことであり。
凭れかかった給水塔がコンクリート床に濃い影を落としている。
階下から滲み出すような人の気配が、就業時間に入り人の気配を失った屋上の静けさを一層引き立てていた。
「高いところが好きなのか?」
感情の揺れが少ない声は、そんな屋上の静けさにも似ていて、シゲは少しだけ笑う。
「さぁ。わからんわ。」
「そうか。」
簡潔すぎる淡々とした声にもう一度笑い、目を閉じる。
半分以上閉ざしていた視界を完全に閉ざす間際に見たのは、くすんだ青い空を分かつ白い軌跡、給水塔の落とす濃い影、夏の名残りの風に弄られて揺れる黒髪の落とす、淡い影。
「自分のことなのに、て言わへんのん?」
「自分のことがわかる人間などそうは居ない。」
「センセでもわからんことは、あんのやね。」
ゴウゴウと空が唸っている。
季節の終わりを告げる風はさらさらと乾いて、夏の光に曝されていた頃の熱を針のように一瞬だけ煌めかせ、貫いて、吹き抜ける。
視界を殺しただけ鋭利になった聴覚が、撓む風に痛みさえ感じた。
風が鳴いている。唸る空。
遠く遠く飛んでいく、飛行機の影。
(‥‥見送ったのは、目も眩むような白光と、くすんだ空と、)
「評価は常に他者から齎される」
静かな声は、思えば出会ったときから変わらなかった。
天才だと持てはやされる人物は噂どおりの変わり者で、小柄な少年に伴われてやってきた部活でもそれは変わることなく。
「行為を意味づけるのは周囲だ。そこには行為者たる主体の介在する余地はない。この世界は相対評価で意図もなく散らばる個々の事象を勝手に撚り合せて事実という評価を下す。」
様々な評価に曝されてなお、凛とした立ち姿はひどく綺麗で、苛烈な光にも似ていると思ったものだ。
歩みを止めることなく旅立った、あの少年と同様に。
「好きな場所にいけばいい。お前が選べ、自分の居るべき場所を。」
風が唸りを上げて吹き抜ける。
風が収まり、シゲはゆっくりと瞼を上げた。
視界を占めるのはくすんだ空と、給水塔が落とす影と。静けさを取り戻した屋上と。
「好きな場所」
噛み締めるように呟いた。言葉は風に飛ばされることなく、そっと空気を震わせる。
「居るべき場所、」
給水塔に凭せ掛けていた背中をゆっくりと離し、投げ出していた足に力を入れる。
靴越しに踏みしめた床の確かな感触、立っている自分の身体を押し上げてくるような高揚。
くすんだ空を見上げる。
秋色の空にはあの日の白光も、飛び立った機体の影もない。けれど。
「‥‥‥‥行こうか。」
そしてその場所でもう一度、出会おう。
end.(10.18/2005)
シゲは『藤村』を名乗るときに覚悟を決めたけれど、カザの負傷にその覚悟は揺らぐことはないのだけれど。‥‥けれど、けれど、けれど。という場面。
シゲと不破はどんな関係にせよ、ある部分がすんごい似た者同士だと思う。
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