ある日、土鍋を抱えた不破がやってきた。


不破大地という人物と知り合って、以来けっこうな年月を過ごしてきてきた。
当時からこちら「不破だから」という理由で、どんな行為だろうと何故か納得させてしまう、わが道を行くにも程がある人物。
ああ、だから今さら驚かない。驚いてたまるか。
ただ、やはり一般人としての礼儀というかだ。そういう、言わねばならないツッコミというのはあると思うわけだ。
というわけで、大変立派な土鍋を眺めつつ、言ったわけだ。

「何で土鍋」
「む、ねこ鍋がしたくてな」
「は?」

ねこなべ?ねこ・なべ‥‥。‥‥猫鍋?

‥‥よし、深呼吸だ。驚くな。こういうときは、そう。素数を数えるといいらしい。いや、ここは俺らしく円周率を数えるべきなのか。

「‥‥‥‥あのな不破良く聞け?確かにウチには猫がいるんだけどな?アイツは食用なわけじゃ勿論なくてだな」
「無論承知だ」

‥‥どうやら猫を煮て食うわけではないらしい。
俺も23を越えて辛抱強くなったというか、いい加減コイツに慣れてきたというか毒されてきたというか、そうか、とだけ言ってとりあえず家へと不破と土鍋を迎え入れた。
勝手知ったる足取りで室内を進む不破の背中を見つつ、足元に寄ってきた数年前からウチに済んでいる猫を抱き上げる。

「‥‥お前、今日は台所だけには入るな。いいな?」

しかし猫はといえば、時折やってきては無表情に遊んでくれる(時々高級猫缶おみや付)人間のほうが気になるのか、肩を足場にして飛び降りると、不破と土鍋の後を追っていった。猫は気まぐれとは良く言ったもの。‥‥とりあえず、向かった先がキッチンではないので良いことにする。




「‥‥これが、ねこ鍋か」
「ああ、あれがねこ鍋だ」

小さな声で視線を固定したまま呟いたら、微妙に自慢げな応えがあった。

目の前には土鍋と、猫。
正確には、床に置かれた土鍋の中に丸まって眠る猫、だ。

‥‥どうやらねこ鍋というのは、これのことらしい。

「土鍋のひんやり感が猫は好きらしいのだ」
「ああ、そう」
「大層居心地がいいらしいぞ」

まるで猫本人(本猫?)から感想を聞いたかの口ぶりの不破は、床に座る俺の傍にぺたりと張り付くようにしてやはり座って、「ねこ鍋」を眺めている。
それを横目でちらりと見遣り、俺もその「ねこ鍋」へと視線を移した。

猫という生物は、「居心地の良い場所」を探すセンサーに関しては、人間をはるかに上回る。
大抵猫が寝ている場所というのは、木陰の風が良く通る場所だったり、温かい陽だまりだったりと、人間にも過ごしやすいだろうという場所ばかりだ。
すくー、すくー、となんとも言えない寝息が、土鍋の中でまるまった毛玉から聞こえてくる。よほど居心地が良いのだろう。土鍋を床に放置してから暫く後にやって来るや、するりと上がりこみくるりと丸まると、おやすみ3秒。以来その体勢のまま。

‥‥確かにこれは、癒される。ねこ鍋恐るべし。
‥‥‥‥というか、不破でもやはり癒されるのかこういう光景に。

「‥‥って、おいおいおい」

すくー、すくー、と少し離れて配置された土鍋から猫の寝息が聞こえる。
そして、至近距離の寝息は聞こえないくせ、肩に凭れ掛かってきている身体が、寝息に合わせて緩く上下していた。

「‥‥‥‥猫か、コイツは」

おやすみ3秒。肩に凭れた体勢のまま。

出会ったときから自分の道をがっちり歩くにも程がある、そのくせ不意に振り返り、時折やってきては此方を見上げてくる。
突拍子も無いことを言いだして、けれどどうしても憎めない。

「猫みてぇな、とか」

‥‥まぁ、いいんだけど。
とりあえず、今日は。




起こさないように抱き寄せたら、擦り寄ってくる。




「土鍋と同程度には、俺の居心地がいいってことかね?」




end.(09.19/2007)

ねこ鍋。実は職業パラレルシリーズに入るはずでした、このセンパイは小説家なのです。

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