夜空を洗う北風が、不規則なノックと共にアルミサッシの素っ気無い寮窓に、美しい星空を零していく。唸るような風鳴りはまさしく冬の声、窓の向こうをあたかも別世界へと誘う水先案内だ。

大寒も過ぎた冬の盛り、戸外は凛と澄んだ、凍てつくような冬の世界。

こんな日は、さっさと暖かな布団に包まれて眠ってしまうに限る。
星空をカーテンの向こうへと押しやって、きっとたくさんの人間が思っただろう、そんな夜。
さしもの元気の有り余っている松葉寮のサッカー少年達も、この冬の息吹には耐えられなかったらしく、その日松葉寮は何時にない静かな夜を迎えていた。

‥‥筈だったのだが。

 

ニャァン。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥ッ、うるさーい!!」

軽やかで暖かな布団を荒々しく跳ね除け、腹筋だけで見事に跳ね起きてみせた三上は一言、そう吠えた。

「三上、うるさい。」
「違うッ、うるさいのは外だ、外ー!!」
「分かった、訂正する。三上『も』うるさい。‥‥深夜だぞ、静かにしろ。」
「‥‥ッ、」

聞き慣れた声が窓から差し込む僅かな光に沈む室内に広がって、三上からそれ以上の言葉を絡めとる。言葉と同時に詰めた息を察したのか、薄闇の向こうからクスリと小さな笑い声が返ってきた。

「ッわ‥‥」

 

ミャァアン、ニャァ。

 

笑うなァッ!と再び声をたてそうになった三上を制したのは、向かいの寝台に居る同室者ではなく、戸外の呑気で愛らしい、艶っぽい声だ。

「‥‥‥‥‥‥ねーこー。」
「ああ、猫だな。」
「生真面目に返すなッ。」

噛み付くような三上の声も、戸外の鳴き交わす猫たちには届くことはなく。
人間にとっては凍てつく季節も、猫たちにとっては熱い季節。
一年に二度の、恋の季節真っ只中なのだ。

「ウルサイ。眠れねぇ。渋沢どうにかしろ。」
「と言われてもなぁ‥‥。ほら、年中というわけじゃないんだから、一晩くらい我慢したらどうだ?」
「確かに365分の1の夜だけど今日という夜は今日しかねぇだろッ!」

哲学的なのだか単に理不尽なのか、如何とも言い難い三上のセリフに向かいに設置されたベッドから相手をしていた渋沢は、声を立てずに苦笑したものだ。
代わりに響くのは、冬天にこだます猫たちの睦言だ。

 

ニャァ、ナーァウ。

 

止むことなく続く求愛に、当事者もとい当事猫ではない三上は暫し虚空を睨みつけていたのだが、先刻布団を跳ね除けたのと同じ位の勢いでガバリと布団を引っ被って、丸まった。
暖かくて軽いお気に入りの布団は、ほんの少しだけ猫たちの熱い声を遠ざけてくれる。

(こーなったら根性で寝てやらぁ!)

寝るに寝られぬ苛立ちに、少しだけ注意力が散漫になっていたのだ。
それが敗因だ‥‥と、後々三上は思ったものだ。

「三上。」

先ほどまでとは比べものにならない至近距離の声と、引っ被った布団を一度剥がされてもう一度、布団とは違う強くて熱い腕と一緒に包まれて、といった一連の出来事に反応できなかったのも、眠かったからだ‥‥と。

「ちょ、何だよ渋沢ッ。」
「うるさいからどうにかしろと言ったのは三上だぞ?」
「だからって何で‥‥っ!」
「深夜だぞ、静かにしろ。」
「ッ、」

数分前にも言われた言葉を、抱きしめて来る腕の主に耳元で囁かれて、三上は再度言葉を失う。 シングルベッドでぴったりと寄り添って、否、包みこむように寄り添われて、腕の中。

耳元に心臓の拍動、額にかかる僅かなぬくもりと湿り気を帯びた息、ゆるく長い呼吸のリズム、匂い、熱。

 

『それ』以外の音が、遠くなる。

 

「ほら、耳ふさいでてやるから寝ろ。」
「‥‥‥ちゃんとふさいでろよ?!俺が寝るまで!」
「はいはい。」

 

ニャァン、ニャーゥ。

 

凍てつく冬夜、星空の下で鳴き交わす猫たちの熱い声。
一方暖かな布団の中で、甘やかな取引きが交わされていることは、猫も北風も知らぬ、当事者達だけの暖かな秘密だ。




end.(02.12/2005)

‥‥ネコが殺人的にうるさかった夜のストレスをぶちまけてみました(笑)

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