国語が得意な人間は、あの曖昧さが好きなのだと口をそろえて言う。
それが理解できない自分は、やはり国語が苦手なわけで。
その曖昧さが、苦手なわけで。
『「ところが」を使って例文を作りなさい。』
「だが断る!」
「笠井、プリントに反抗すんな空しいから。あとジョジョ読み終わったら俺にも回せ」
部屋の真ん中に広げた小さな机越し、さも呆れたといわんばかりの口調に目を上げれば、やはり呆れを明確に浮かべた視線とかち合う。
「無理。出来ない。やりたくない」
「そんで再提出プラス追加課題受けるって?物好きだねーお前ホントは国語好きなんじゃねぇの」
「そんなわけないでしょう」
視線を合わせたままこれでもかと言い切れば、普段のシニカルな笑みじゃない、いかにも年上な、こどもを宥めるような苦笑を貰ってしまい、いたたまれず視線を逸らして、持っていたシャーペンをプリントの上に投げ置いた。
それは、国語の提出課題。
「ていうかお前そんな国語ダメだったっけ?」
「ダメというか‥‥苦手なんです、こういうの」
「こういうのって何だよ」
「‥‥こう、例文作成とか。曖昧すぎて」
「ふぅん?」
もごもごと呟けば、そういやお前スピーチとかもダメだよな、とカラカラと笑いながら言われた。
なんとなく、ため息をついた。
国語は、実は苦手だ。
嫌いと言うわけではないのだ。ただ、苦手。
曖昧な言葉の組み合わせ、いく通りもある解答。どれが正解かなんてわからない、ある種の怖さ。‥‥そう、曖昧さは、怖さだ。
勿論今向かい合っているのは単なる課題であって、どんな適当な例文を作ろうが国語教師の正誤基準に合わせてマルかバツかを貰うだけなのだけれども。
ただ、言葉は。普段使う言葉は、伝える相手を持っているもので、だから伝わらなかったときが怖い。曖昧さを残す、自分の何気なく発した言葉がもたらす結果が怖い。
曖昧な言葉で、傷つけるのが怖い。
「真面目だね、お前」
「そうじゃないです、怖いだけで」
「そういうところが真面目だっつってんの。‥‥でもまぁ、」
「え?」
すっと視界が翳った。
小さな机、上体を乗り出すように、目元に触れてきた指先に反射的に目を閉じた。
「お前のそういう『ところが』俺は好きだけど?」
囁かれた言葉に、息を呑んだ。
「ま、これじゃ例文になってねーけどな」
「‥‥え」
接続詞になってねーし、0点。と笑いながらいう声は閉ざされた視界の向こう側でとても近く、頬に触れているのは恐らく先ほど目元に触れてきた指先だろう。
とても優しい指先だった。
何よりも明確な、言葉以上の言葉をくれた。
「三上先輩」
「なに」
国語が得意な人間は、あの曖昧さが好きなのだと口をそろえて言う。
それが理解できない自分は、やはり国語が苦手なわけで。
その曖昧さが、苦手なわけで。
‥‥ならば、曖昧さ全てを廃した明確な言葉を使おうと思う。
たった一つの言葉で、思いを伝えようと、思う。
「先輩、俺はあなたのそんなところ、全部が、」
伝えた言葉に笑ってくれた、その笑顔にこれからも言葉を、心を伝えていこうと思います。
title/『オランジェ・ブラッサム』
end.(2007.03.04)
花言葉とは違いますが、みかん。夏蜜柑の花は可愛いよ
太陽と水をたくさん必要とする植物。掛けた手だけ甘く美味しくなります