After the storm comes a calm.
「直訳と意訳。」
「嵐の後には静けさが訪れる。転じて、楽あれば苦あり」
「‥‥出典。」
「‥‥‥‥‥‥水戸黄門?」
「‥‥冗談の通じないヤツめ」
深夜も近い道々、呟いた言葉は誰に聞かれる当てもなく、そのまま夜に溶けて消える。
淡いにも程がある街灯の光が、長身の影を更に長く長く道に踊らせている。
歩みと共に短く濃く、そして長く薄くなっていく己の影を見るともなしに見ながら、渋沢は浅いため息をついた。
いつものことといえばいつものこと。
ルームメイトと見たいテレビ番組の時間帯がかち合うのも、、それではと真剣勝負すぎるジャンケンに至るのも。それは全ていつものこと。
いつもでないのは、珍しく渋沢がジャンケンに勝ってしまったことくらいで。
「勝ったはずなんだがな‥‥」
おかしなところで勝負強い同室者がジャンケンに負けるのは珍しくて。
悔しがるその顔も珍しくて、うっかり高笑いで勝利宣言をした『朗らかなキャプテン』らしからぬ行いが悪かったのだろうか。
楽しみにしていた番組を横目に、何故だか縺れ込まされた一問一答クイズ(ことわざ編)に負けた自分がコンビニ行きを命じられたのも、高笑いのせいなのだろうか。
「‥‥違うだろう三上のせいだろう」
自室ドアから容赦なく蹴り出した、同室者のこ憎ッたらしい笑顔を思い浮かべて渋沢は毒づいた。
放られた財布が二人のものだったあたりの公平性は認めるべきなのか。だからといって、勝負に勝ったはずの自分がコンビニ行きに寮を抜け出さなければならないのはどうなのだ。‥‥全く、
「人生、楽あれば苦あり‥‥」
ううんテレビ‥‥と、結局ロクに見れず仕舞いの番組を思い、呟く言葉に返る言葉はやはり無い。
むしろ、深夜の小道であるほうが怖い。
‥‥の、だが。
「渋沢?」
「やぁこんばんは不破くん、偶然だね」
不意の呼び声にも完璧過ぎる笑顔で振り返り、既に見慣れた無表情に甘過ぎる声で返事をする。
既に遠くなった街灯の光が今はそのひとを照らし、自分よりも濃い影を無彩色の道に刻んでいる。その濃色は粗い舗装道がシャリシャリと音を立てるたび薄く淡く、そして自分と同じ彩度になったところで停止した。
学区は隣り合わせとはいえ、そう近くもない住まいのひとに深夜の道でばったりあうなんて。ああ、理不尽な道行きになんて不意打ちの僥倖。
「こんばんは、だな。渋沢」
「うん」
見上げてくる視線には笑顔を。
「不破くんは、‥‥この道ならコンビニかな」
「お前もか?」
このような時間に珍しいなという言葉には、苦笑と共に事の顛末を話す。
「‥‥そんなワケで俺もコンビニに行くから、よかったらそこまで一緒に‥‥、不破くん?」
どうかした?と、あご先に軽く握った拳をあてて考え込むひとの顔を、覗き込むように首を傾げれば、いつだって真っ直ぐな視線とパチリとあった。
「‥‥その番組ならば、今録画していたところだ。なんならウチに見に来るか?」
「行く」
『朗らかなキャプテン』らしからぬ素っ気無いまでの即答は、今度は苦労をつれてくることなく、代わりに軽く頷いて自分を先導する愛しい人の後ろ姿をプレゼントしてくれた。
その後ろ姿を暫く眺めやったあと、ツイと伸ばした腕で脇に垂らされた白い手をとる。
どうかしたかと振り返る、その手に指を絡ませながら笑って呟いた。
「うん、なんていうか、‥‥苦あれば楽ありだなって」
渋沢の呟きをどう捉えたか、やはり無表情にただ「そうか」とだけ返した、そのくちびるを軽くついばんでから手を引いて、渋沢はだいぶ通い慣れた恋人の自宅へと足を向けたのだった。
暫しの楽しい時間に、思いを馳せながら。
title/『楽あれば、』
end.(2007.01.29)
この後遅くに寮に戻った渋沢は抜け道を封鎖された挙句(一年生に頼んで
開けてもらった)漸く部屋に戻ったところで三上に必殺の蹴りを食らいます。
人生、楽あれば苦ありっていう。
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