ずっと夏だったらいいのにな、と時々思う。
ずっと夏だったら、雪でグラウンドが使えないなんてことないし、コンビニで買うアイスは美味いし、夏休みあるし、寒いのが嫌いな笠井だって嬉しいだろうし。
部活の後に被る水のシャワーだって気持ちいい。風呂もいいけどさ、それより外の水場で頭から水を被るのがいいんだ。服だって髪だって、すぐに乾いちゃうし。とにかく、気持ちいい。
「冷てぇっつの、寄んな藤代」
‥‥こうやって、押しのけられることもないし。
「酷ェセンパイ、くび今グキッて言った!グキッて!」
「うるせぇよ髪から水滴らせてくるテメェが悪ィんだろ」
キスの距離から思いっきり、顎を頭ごと押し上げられるようにした首はマジで痛くて、ちょっと涙目になってセンパイに噛みついたけど、とりあってもらえなかった。
背中まで痺れるような痛みに頭を軽く振ったら、パタパタと髪から雫が滴る。
風呂上りの頭なんだからさっきまではお湯だった筈なのに、散った水滴は確かにすっかり冷えちゃってて、腕に散ってた水滴をパジャマがわりのジャージに擦り付けるようにして拭き取った。水を吸った紺色のジャージは少しだけ色が濃くなって、目の端を掠めた窓の外の色にちょっと似てるなと思った。
外はもう真っ暗だ。夏だったら、まだちょっとだけ明るい時間なのに。
「髪くらいちゃんとドライヤーかけろよ、お前はイヌか」
「えー、だって俺髪短いッスもん、すぐ乾いちゃうよこんなの」
「バカ、冬なんだから乾く前に冷えるっつの。なんだってそう大雑把なんだよ」
「もー、冬嫌いッスー」
呆れたというよりはなんとなく疲れた口調でセンパイは言って、ため息をついた。伏せるように落とした頭の動きに合わせて、真っ黒な髪が揺れる。首にタオルがかけられてたけど、髪は丁寧に乾かされていた。
「センパイは、きちょうめんッスね」
「お前が大雑把なんだろバカ代」
口の端をつり上げてイジワルっぽい笑いでセンパイは言う。本当のことなんで言い返せなくて、俺は胡坐をかいてた膝を意味もなく叩いたりした。
乾いてない髪からまた雫が滴って、頬にかかって反射的に目を閉じた。
ずっと夏だったらいいのに、とまた思う。
夏だったら、髪だってすぐに乾いたし、そしたらさっきだってあのままキスできてたと思う。サラサラしてて気持ちいい、大好きな髪にだって、触れてたと思う。
冬じゃなくて、夏だったら。
「‥‥早く夏になんないかなー‥‥って、わ、何?」
不意に視界が真っ白になって、思わず跳ね上げた頭はけれどそのまま押さえ込まれて、それが頭にかけられたタオルの色だって分かったら、びっくりして吸い込んだ息を思わず止めた。
さわさわと、タオル越しに動いてるのがセンパイの指だって分かって、僅かに覗いた視界からセンパイの首にかけられてたタオルがなくなってるのに気づいたら、身体ごと止まってしまった。
「‥‥なに固まってんだよ」
「え、え、だって」
真っ白な視界の向うで、笑いをこらえてるっぽいセンパイの声が聞こえて、でもどうしていいかわかんなくて、だってって言ったら、センパイは今度こそ笑ったみたいだった。いつもの皮肉っぽい笑いじゃなくて、綺麗な声で。
「あー、なんかこうイヌの世話してるみてー。ちょっと和む」
「‥‥じゃぁ、いっつも風呂上りにセンパイんとこくるから拭いてよ」
「甘えんなっつのバカ犬」
「えー」
散々に言われてるけど、タオル越しの指先はすごく気持ちよくてあったかくて、甘くて優しかった。
ずっと夏だったらいいのにな、って思ってたけど。
こんなあったかい、気持ちいい指先を貰えるなら。
「‥‥えへへ、夏もいいけど、冬もいいッスね」
「アホか」
タオルを掃ってキスをする。
唇の温度は、夏も冬もいつだって気持ちよかった。
title/『ラシラスハニー』
end.(2007.01.11)
Lathyrus odoratus:スピートピー
属名のLathyrus は「非常に刺激的」とかそんな意味。
イギリス王家の花になったこともある可愛い花。
花言葉「繊細な喜び」