『それは、支え合うもの、補い合うもの、惹かれ合うもの。』
擬音にすればそれは、ひょい、だった。それはもう、間違いなく。
「‥‥‥‥‥‥で、お前は何がしたいの。」
「ぬ?」
見上げてきた目に微笑を返し、笑顔のまま普段ではありえない位置にある頭に振り下ろした拳は、擬音にすればゴツン!といったところだろうか。
痛い、と呟く小さな声に、軽々とその腕に抱き上げられたまま、俺は肺がそのまま潰れそうなくらいの、深い、深いため息をついた。
本で読んだのだ、と不破は言った。
「恋人とは、支え合うものだと」
淡々とした声音はいつものとおり、見上げてくる目は真剣そのもの。‥‥不破の性格上、端から冗談の類とは思ってはいなかったけれど。
普段の身長差は23センチ、つまりは視点の高さも約23センチ差がある筈で。‥‥下から見上げてくる視線は新鮮といえば新鮮だけど、そもそも腕に抱き上げられての(いわゆるコドモ抱きというヤツ)高低逆転は、かなり微妙だ。
ため息をついた。そんな小さな行為にも不随意に動いた筋肉にバランスを崩しかけ、慌てて指先に触れたものを掴む。不破のジャージだった。うなじの近く。
椎名、と呼ばれて視線を返す。
「椎名、」
「‥‥間違っちゃいないかもしれないけど、お前がやってるのは『支える』じゃなくて『抱きかかえる』だ」
「む、そうなのか?」
「もしくは『担ぎ上げる』」
「む‥‥」
指摘された言葉を吟味しているのか、不破は緩く目を伏せて視線を下に流している。睫が頬に影を落としていた。‥‥吟味していると言うより、これは困っている、のだろう。無表情だけど。
指先に力がこもる。手の甲に濃茶の髪先が触れてくすぐったい。‥‥くすぐったくて、なんだかもう。
(‥‥「恋人とは、支え合うものだ」、だって)
(恋人、だって。)
「‥‥椎名?」
「何、」
「笑ってるのか」
「んー」
「というか、前が見えんのだが」
淡々とした声のいうことは至極尤もだ。ジャージを掴んでいた手をそのまま、その頭をくるみ込むようにして抱き寄せている。驚いて腕を解いたりしないあたりが(解いたら自分は落ちてしまう)不破らしい、とどこか見当違いなことが頭を掠める。
ふわふわとした髪が顎に当たって、やっぱりくすぐったかった。
「椎名、」
「‥‥体格差からして、俺は不破のこと『支えて』あげらんないよ」
ふ、と抱きかかえている腕が揺れたのが解った。その動揺さえくすぐったい。
抱きしめた頭、見えない顔は不満げな顔をしているのだろうか、それとも不安げかな。
くすぐったい。‥‥可愛い。
だから抱きしめた頭に、唇を寄せるようにして言葉を。
「だから、『支える』のはお前に任せて、」
「俺は不破を、『抱き寄せる』の担当。」
「‥‥椎名、」
「なにも支え『合って』抱き寄せ『合って』じゃないといけない理由なんてないね。出来る作業を分業するのもいいと思わない?」
笑い混じりになった言葉に、不破がどう思ったのかは判らないけれど。
ただ、俺を抱き上げている腕にぎゅっと力が込められたから、もうそれで。
「あ、でも」
「‥‥?」
ふと腕を解いて、不破の顔へと視線を遣る。不思議そうに見上げてきた顔が少し赤い。
今から耳打ちする内容に、更に赤くなるかな、とちょっと思いつつ。
顎を救い上げて、囁いた。
「キスをするのは、共同作業でね」
二人同時に目を閉じて、唇を寄せた。
title/『恋愛論第二章』
end.(04.28/2006)
付き合い始めすぐ、練習後のロッカールームにて。恋人だから許される不破の暴挙(笑)
拍手で椎名不破にピンポイントで反応してくださった方に捧ぐ。
題名はスタンダールより。一応428記念です。
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