夏は夜。
いと、おかし。
「『夏は夜。月の頃は更なり、闇もなほ。蛍の多くとびちがいたる、いと』‥‥」
「おかしくもねーし蛍なんざいねーっつの!」
後頭部への軽い衝撃とともに渋沢を襲った聞き慣れた声とその主は、後ろから走りこんできた勢いのまま渋沢を数歩ぶん追い越してから、軽やかにターンを決めて此方を向いた。
「‥‥コラ、痛いぞ。」
「ぬかせ、これくらいで痛がる繊細なアタマかよ。」
わざとらしい憮然とした声に、被せるように笑みを含んだ揶揄。
瞬間目を合わせて、今度はあわせて忍び笑い。
炎天の名残を取り払えない、どこか潤んだ夏宵の空気。二人並んで歩き出す。
「それより三上、お前さっき何で殴った、微妙に冷たかったんだが」
「えー?」
「甘えた声で誤魔化‥‥って、ああっ!何一人で食ってるんだ!」
「いいじゃんよ、先に食えるとかそれっくらい特権がなけりゃ夜中の買出しなんざやってられっか。」
「全く‥‥。」
二人の手には寮で待つメンバーぶん、安い冷菓の詰まったコンビニの袋。
夏の空気はゆるゆると、見上げれば浩々、白い月。
「‥‥‥‥『夏は、夜。』」
「枕草子?だっけ?」
「ああ。趣があっていいよなぁ‥‥。興にのって口ずさんでしまう。」
「‥‥いや、中学生趣とかなくていいから。必要ないから。」
「む、この風流を解さんとは。駄目だぞ三上。」
「駄目はお前だエセ中学生め。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。」
転がる会話は、夏の夜道に彩りを。
「‥‥‥‥‥‥‥‥あーもー。黙り込むなよ。」
「傷ついたぞ三上‥‥。」
「悪かった悪かった俺が悪かった。機嫌直して、克朗さん?」
「傷ついたら腹が減ったぞ三上‥‥。」
「‥‥テメェ、アイス食いてぇんならストレートに言え。」
軽やかな足音は、煌く月光を鮮やかに。
「てゆーか両手ふさがってて出すの面倒。」
「じゃ、それでいい。」
「どれ?」
「三上のヤツ。」
「駄目。これは俺の。」
「じゃ、三上でいい。」
「は?」
重なる影は、潤んだ空気を、甘やかに。
「‥‥ごちそうさま。」
「‥‥‥‥ッ。」
「甘くて美味しかったなぁ。寮に帰って、もう一回食べさせてもらおうか?」
「ッこ、こンの‥‥っ」
「ああ、やっぱり『夏は夜。』だな。趣があって、いいことがある。」
「渋沢ーっ!!!」
夏は夜。月は浩々と、甘いくちづけ。いとおしい、君とふたり。
‥‥いと、おかし。
title/『帰り道3・夏夜』
end.