そう言うお年頃なんです。




「‥‥ッしゃぁ!」
「あ゙ーッ!!」

派手な効果音に煌めくフラッシュ、派手なガッツポーズと濁点つきの器用な絶叫。

己のベッドの上に胡座をかき、膝に乗せた雑誌を見ていた渋沢は、チラリと一瞬だけ目をやって、そしてまた目を戻した。
一瞬前の視界には、満面の笑みで拳を突き上げる後輩と、ゲームのコントローラーを握りつぶさんばかりに握り締めるルームメイトの姿。

「ぃやったーッ!俺の勝ちッスね!!」
「ウッセェ藤代!!アレ、あの時テメェが当たらなきゃ‥‥ッ」
「へへーんアレは俺のせいじゃないッスよ!っていうか三上センパイがゲームなのにスリップストリームとか地味ハデな小技使ってるからですって!!あっははー☆」
「地味ハデゆうなーッ!!」

狭くはないが広くもない、渋沢と三上という2人の寮室の床は、藤代が持ち込んだポータブルテレビ(といえどもかなりのインチ数だ)とゲーム機本体、及びソフト、それにともなう付属のコードなどで埋め尽くされていた。
その間を縫うように、三上と藤代が座っている。

「〜〜ッ藤代、もう1回だ!!」
「え、駄目ッスよぅ!!1回勝負のおーやーくーそーくー。負けたら明日はお買い物♪だったっしょ?ついでにオゴリメシ♪」
「く‥‥ッ!!」

歯軋りせんばかりに肩を震わせ悔しがる三上の背中に、藤代は軽やかに笑いながらペタリとくっついた。というか、体格差上、抱き締める感じになる。

「ウゼェ!離れろっ。」
「あ、酷い。カワイイ後輩にそういうこと言いますか?」
「俺よりタッパあるくせに可愛いとか自己申告すんな!!」
「あははは気にしてんスねセンパイってば。かわいーぃ、ちゅーした‥‥ッいいイタイタ、痛いっセンパイ!!ギブギブッ、」
「痛ェようにしてんだよ、オラァッ!」

三上は背中に圧し掛かっている藤代の首を、それまで握り締めていたコントローラーを乱暴に投げるや空いたその腕でもってヘッドロックを仕掛けた。そのまま転がるように床に身体を投げ、思う存分締め上げる。

「コード!コード頭当たって痛い!センパイ!!」
「うっせぇ俺だって痛いわッ!!」

先にも述べたが、決して狭くはないが広くもないこの寮室は、現在ゲーム機その他で足の踏み場もないほどである。
というわけで好む好まざるに関わらず、二人は配線コードの上でゴロゴロと転がっていた、のだが。

「こら、三上。‥‥その辺にしておけ。」

ヒョイ、とばかりに伸ばされた腕に、三上の襟首が持っていかれた。‥‥必然的に三上本人も持っていかれる。

「っテメ、俺は猫か!」
「あ、言い得て妙ですね三上センパイ猫っぽいしー‥‥って、痛い!」
「駄犬に言われたかねェよ!バカ代!!」

渋沢の介入によりヘッドロックから逃れた藤代であったが、懲りるという言葉が辞書にはないのか、その発言に今度は三上の蹴りがとんだ。‥‥襟首を掴まれた状態でそうしてのける三上もある意味、凄い。

「へへーんだ、そんな事いっても明日は付き合って貰いますよ。何オゴってもらおっかな〜っと。」
「‥‥ッ!」

三上の暴れそうな気配を察した渋沢が一瞬早く、その動きを封じ込める。

「離せ渋沢っ!」
「ホラ、あんまり暴れてくれるな。‥‥藤代も今日はもう、帰れ。」
「はぁい。そんじゃ失礼しまっす、三上センパイ、キャプテン!」
「藤代っ、ゲーム置いてけよ、絶対リベンジしてやっからな‥‥!」
「望むところッスよ!‥‥それじゃ明日、朝起こしにきますねvおやすみなさい〜。」

パタリと閉じられたドアを、三上の投げた枕(勿論渋沢のである)が軽いが派手な音を立てて、揺らした。




「三上。」
「‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥三上。」
「‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥亮?」
「亮ゆうな!ってか邪魔すんな!」

振り返った三上は、小声で怒鳴るという器用な技を披露してのけたのだが、ベッドに寝転んだ体勢からその人を呼んだ渋沢は、ほんの少し眉を寄せたのみだった。‥‥その表情も、部屋の明かりを落としてしまっている今では、伝わっていないだろう。
消灯時間もとうに過ぎた、時刻は深夜。
ボリュームを絞って、発光するテレビ画面の前に座る三上は、カチャカチャと素晴らしい指捌きでコントローラーを操っている。
ディスプレイの中では、実写のように美しいサーキットを、レース仕様の車が駆け抜けている。
渋沢は一頻りテレビと三上を見つめた後、ため息を落としながら言葉を継いだ。

「三上。‥‥明日は早朝から藤代に付き合うんだろう?起きれないぞ?‥‥‥‥全く、」
「‥‥あ!コラなにす‥‥ッ」

肩越しに伸びてきた腕に、先程より些か大きな声で何事か言おうとした三上の口を、渋沢の大きなてのひらが覆った。そのまま引き寄せるようにして、腕とベッドとで軽くその身体を拘束する。
一瞬動きが止まった三上の隙をつくように、もう片方の手でゲーム機の電源スイッチとテレビ電源を同時に切る。ヴン、と独特の電子音と共に、部屋に闇が落ちた。

「‥‥‥‥っ。」
「コラ、大きな声だすな。寮監に見つかればハードごと没収だぞ?」

耳元でそう囁くように言えば、三上もさすがに察したのか、大人しく動きを止める。トントン、と口を塞いだ腕を叩き、了解の意を伝えてきた。
渋沢はそっと、その手をはずす。三上が、一つ大きな息をついて、空気を震わせた。

「‥‥もう寝ろよ。」
「‥‥‥‥わーったよ。‥‥ッと、」
「うわ‥‥っ、」

暗闇の中、今居る位置から反対側にある己のベッドへと向かおうとして、三上は思い切り足をとられた。‥‥足下には、複雑に床を埋め尽くす、配線コード。
小さな悲鳴と、ベッドの上げる軋んだスプリングの音が木霊する。

「‥‥っと、ワリ。」
「いや‥‥いいけど。怪我はないか?」
「ん、俺は、」

ヘーキ、と言って起き上がろうとした三上の腕を、渋沢が捉えた。そして、そのまま胸の上に抱き寄せる。

「‥‥何、渋沢。」
「‥‥‥‥。」

倒れこんだ不安定な体勢のまま、些か強引に抱き寄せられたことに、三上は多少眉を顰めたものの、深夜という時間帯と‥‥なにより慣れ親しんだ温かな腕の心地よさに、僅かの身動ぎをしてみせた後、大人しくなる。
抱き込んだその身体から力が抜けた事を察すると、渋沢は腕力に物を言わせて、三上の身体を己のベッドに引きずり込んだ。
そして、その己より幾分ほっそりした身体を抱きなおすと、顎に指をかけてその唇を奪う。
舌先でその柔らかな唇をわり、腔内を舐め上げるような深いキスを仕掛けた。

「‥‥んッ、」
「三上、」

些か性急なその求めに、三上の息が上がる。
濡れた音を立てて離れた口唇から、短く鋭い息が漏れた。‥‥と、ほぼ同時に、ゴス、という鈍い音。

「‥‥ッコラ!」
「‥‥‥痛い、三上。」
「ッたりまえだ痛いように殴ったんだよ!」

小声で怒鳴るという、やっぱり器用な真似をしてのけた三上は、抱きこまれた腕をとりあえずは外すことなく、至近距離から渋沢をねめつける。

三上とて、渋沢とキスを‥‥肌を交わすのは吝かではない。
それはこれまでも、これからも変わらない。大切な、愛しい恋人なのだ。
‥‥ただ、やはり。

「親しき仲にも礼儀あり。‥‥いきなり仕掛けんなよ。」
「‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥渋沢?」

事此処に至って、三上は漸く渋沢の様子がおかしい事に気がついた。‥‥いや、おかしいといっても具合が悪そうだとか、機嫌がよくないとか、そう言うのとはちょっと違った感じで。

「‥‥オイ、どうかした?‥‥俺、何かしたか?」
「‥‥‥‥‥。」

そろそろと伸ばした腕で、三上は渋沢の背中を叩いてやる。そのまま手を動かし、うなじから頭へ。茶色の猫ッ毛を指に絡ませて軽く引いた。
すると、渋沢は更に抱き込む力を強く‥‥というより、ほどんど抱きついてくる、といったほうがよい風に、三上を抱いた。顔をその肩口に埋めている。

「?渋‥‥、」
「‥‥‥‥い、から、」

「は?」

くぐもった声は小さくて、耳の直ぐ傍にも関わらず三上は上手く聞きとれなかった。ついでに吐息が首に当たって、くすぐったい。

「わるい、ちょっと聞きとれなかった、も一度言っ‥‥」
「藤代ばっかり構ってるからっ。」
「‥‥‥‥は?」

言ってくれ、と言おうとしたところで、渋沢が顔を起こしてはっきりと告げた。

「‥‥藤代?」
「‥‥‥‥今日だって、ずっとゲームばかりしているし、明日はアイツと買物に出かけてしまうし。‥‥さっきだって、消灯のあとも藤代にリベンジだって、ゲームばかりしてるし‥‥。その‥‥。」

闇になれてきた視界が、だんだんとばつの悪そうな顔に変化していく様を三上に正確に伝える。

「‥‥えーっと。つまり。」
「‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥嫉妬?」
「‥‥‥‥そうだよ。」




だって。同じ部屋に居るのに、俺のほうを見てもくれない。
後輩とじゃれて抱きつく腕だとか、抱きつかれてる身体とか。
全部全部、俺のなのに。俺じゃない腕の中で笑ってるし。
明日だって、俺の傍には居ないから。




「‥‥‥‥そういうの、悔しい。」
「‥‥オマエねぇ‥‥。バカだろ。」
「そうだよ。」

開き直んな、と、あきれ返った声と同時にペシリと額を三上が打つ。

「藤代は後輩。オマエは恋人。だろ?全然違うっつの。」
「違ってても、悔しいものは悔しいんだ。‥‥明日だって居ないし‥‥。」

尚もブツブツと何事かを言おうとする渋沢に、三上は大きくため息を吐いた。

「‥‥オマエ、外見はこれでもかって落ちついてんのにな。」
「‥‥‥‥お前と同い年だよ、俺は。嫉妬の一つや二つや10や100、するよ。」




そういう、お年頃なんです。




「‥‥ッたく、仕方ねぇなぁ‥‥。渋沢。」
「‥‥‥みか‥‥んンッ?!」

不意に後頭部に回された手でもって、思い切り首を曲げさせられた渋沢が、何事かをいうより早く、その口唇を捉えたのは、噛み付くような深いキス。

「‥‥ッみ、三上?」
「あのな。‥‥明日は約束だから藤代に付き合ってやるのは、変更できない。お前と一緒にいてやることは出来ないんだよ。‥‥だから、」

伸ばされた指先は、明確な意図を持って。

「今夜中に、明日の夜ぶんまで、補給しとけ。」

耳元で囁かれた、甘い言葉に。

「‥‥‥‥ああ。」

渋沢は思い切り、恋人を抱き締めたのだった。




些細な事に嫉妬するのがこの年頃。
と、同時に。




些細な事で満たされてしまうのも、このお年頃、なのでした。




title/『プライマリィコンタクト』
end.(11.11.2002)