「三上」




三上は不破の声が好きだ。

特に綺麗な声と言うわけじゃない、至極普通の声音だ。
けれど、三上は不破の声が密かに好きだった。
声変わりは終えたのか、やや低めの音域。安定している、とでもいうのだろうか。聞いている者の背筋を伸ばさせるような、凛とした響きをしている。
それは、不破という人間の精神‥‥性格とか、心根と呼ばれるものに関係しているのかもしれない、と三上は思っていた。

不破は、揺るがない人間だ。

勿論、まだまだ親の庇護下にあるような年齢で、なにもかもを乗り越えたような揺ぎ無さをもっているわけじゃない。不破を評するとき、表情が少ないだとか何だとかいう人間もいるけれど、表情が変わらないからといって感情がないわけじゃないのだ、当たり前の話だが。
不破の中にも、自分や、周囲と同じような様々な感情が渦巻いている。葛藤があり、恐怖と不安があり、闘争心があり、そして、柔らかな恋情がある。

『‥‥三上、俺は』

あったことを、知らされた。

全てを飲み込んで尚、凛然と、揺るがない声で。
告げられた言葉を、三上は今でも大事に覚えているし、忘れるつもりもない。

だから、不破の声が、三上は好きだ。




「三上」

再度の呼び声に、三上は雑誌に落としていた視線を上げた。
デスクトップパソコンが据えられた机の前に座った不破が、椅子の上からその足元の床に直に座っている此方を見下ろしていた。稼動中のディスプレイから受ける光に、片側の頬だけが仄かに白い。

「終わった。‥‥すまない、待たせて」

その言葉に呼応するかのように、ハードの駆動音が一瞬だけ大きくなって、ふっと途切れる。連動してディスプレイもオフモードになったのか、不破の頬から光が抜けた。
不破宅にフラリと遊びにきたはいいが、何かのアルバイト中らしき不破に、じゃぁ勝手に寛いでいるからと、三上はその辺りに積み上げられていた専門誌を読んでいた。不破の家には彼の両親の職業柄か、科学系の個人で買うには少々高価な雑誌や業界機関誌がある。それらを読むのは、三上が不破宅に遊びに来る楽しみのうちの一つになっていて、不破本人と関わりなく待たされることはそんなに苦ではなかった。だから、謝罪の言葉にも三上は何を言うでもなく、軽く肩をすくめただけだ。
そんな三上を、未だ椅子についたままだった不破は淡々とした表情で暫し眺めていたのだが、スルリと椅子から降りると、そのまま足元に座りこんでいた三上と視線の高さをあわせてきた。
極近い距離になった視線が、暫し無言で絡み合う。

「三上」

静かな声音だった。揺るぎのない声、この声が好きだと、三上は再度思う。

「なんか、もっと話せよ」

するりと出た言葉は本心だ。好きな不破の声を、もっと聞きたかった。
しかし、その言葉に不破はふと口を噤み、微かに眉を顰めてから、こう言った。

「‥‥話すのは構わんが、お前も話せ。三上の声が、俺は好きなのに」

なのに、俺だけが話してもつまらないではないか、と。
眉を顰めて、いくぶん拗ねた調子の言葉に。

「‥‥ったく、お前は」

三上は小さく、ため息をつくように言葉を落とす。
至近距離にいる不破は、小さなその声を聞き込んでいるのか続きを待っているのか、三上へじっと視線をあわせたまま、動かない。
三上は笑った。笑いながら、掠めるようにくちづけて、告げた。

「‥‥俺も、好きだぜ?」
「む、そうか。では今日は何を話そうか‥‥」

そうして始まる会話に、三上はもう一度うすく笑った。
揺るがない不破の声が、好きだと思った。

不破が、好きだと思った。







title/『カレイドヴォイス』
end.(03.12/2006)





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