夜食間食、カラダに悪いので程ほどに。
パタシパタシとどこか暢気な足音が、寮内廊下を暢気に進む。
カチャカチャ軽い音を立てるのは、腕の中の洗面器に収められた入浴洗面セット一式。体調管理の一環と丁寧に乾かした髪は一日の汚れもさっぱり、廊下照明をうけて淡茶色の灯りを燈しているかのようだ。
「お疲れさまです!おやすみなさい、渋沢キャプテン!」
「あぁ。お前たちも早く寝ろよ?おやすみ。」
後輩達の丁寧な挨拶に、穏やかな笑みと挨拶を返し、自室へと歩く。
部活を終えて帰寮して、食事を済ませ友人たちと談笑したり。明日の部活のメニューはコーチが組んでくれているし、特段予習を必要とするような授業もなし。
そして一日の締めくくりとして、入浴を終えて歯磨きもした。
後輩達を笑顔でいなし、目指す自室は目前。
‥‥さて、あとは。
「‥‥‥‥‥‥寝るだけなんだが、三上。」
「ぅあ?」
ドアを開けたと同時視界に入った光景に、渋沢は微妙な間を持った台詞をはく。
台詞のラストには同室者の名前。一見(一聴?)呼びかけともとれなくはない台詞だが、それはどちらかというと独り言に近い。ついでに返ってきた言葉は返事なのやらなにやら微妙な声と‥‥音。
パリパリ、パリ。
「‥‥三上。」
「んー、にゃにー。」
「‥‥‥‥‥‥。」
にゃにー‥‥。にゃにー?‥‥あ、何?
「‥‥‥‥三上、口に物を入れて喋るんじゃない。それと人語を話せ。」
「んー。」
ドアを閉めつつの、そんなため息交じりの台詞も、届いているのかいないのか。
渋沢のベッドに凭れ掛かり、投げだした脚の上に広げているのは、本日発売のサッカー雑誌と、
「‥‥豚キムチ味ポテト?また微妙なものを‥‥。」
「っせぇなー、藤代が置いてったんだよ。後輩からの貢ぎ物をありがたくも丁寧に処理してやってんだぜ、何が悪ィんだよ?」
傍に寄り、袋ごと持ち上げたスナック菓子の袋をみての渋沢に、返されたのはそんな嘯き。口の中のものは飲み込んだのか、親指の付け根辺りでかるく口端を拭いながら、仰のいて渋沢へと視線を返してくる。そして、すっと伸ばした腕で渋沢が取り上げた菓子の袋を再び手元に引き寄せた。渋沢もそれにつられる形で腰を下ろす。それに気づかないわけはないのに、三上は視線さえも返さない。
渋沢は今度こそ、明確なため息をついた。
パリパリ、パリリ。
「こら、三上。もうすぐ就寝時間だろう、こんな時間に間食は身体によくない。」
「だーって腹減ってんだもんよ。夜食だよ。」
パリ、パリパリ。
「夜食って‥‥、油を使ったスナック菓子は胃にもたれるぞ。」
「大丈夫だろ、ちょっとくらい。」
パリパリパリパリ。
「ちょっとって‥‥。スナック菓子一袋は『ちょっとくらい』の域を越してるだろう。監督もコーチも夜間の間食は控えるようにと言っていたし。翌日の運動能力の低‥‥、」
「あーもーッ!うっせぇな!!」
「み‥‥ッ?!」
バサッ!
抜群の反射神経を持ち、中学サッカー界の至宝とまで称される渋沢とはいえ、さすがの至近距離からの攻撃にはなすすべもない。
‥‥いや、攻撃ではないのだが。
「‥‥‥‥っぷは、」
「‥‥ハイ、食ったお前も同罪だぜ、渋沢キャプテン?」
舌で口内に押し込まれた物を、反射的に嚥下してしまった渋沢の喉の動きに淡く笑い、未だキスの距離を保ったままの三上は囁いた。
胸倉を掴んで引き寄せた、どうにも次のアクションを取れない恋人を、三上は暫し眺める。
いつも冷静で包容力の在る、誰からも頼りにされる『皆のキャプテン』が、決して見せない表情。‥‥親友であり、恋人である自分だけが見ることを許された、其れ。
‥‥そーゆうのって、どうしようもなく。
「美味そうっつーかね‥‥。」
「んん‥‥っ?!」
座った渋沢を跨ぎ、圧し掛かるように床に押し倒し、有無を言わさずキスを仕掛ける。
両の頬を挟むようにして深く口付ければ、暫しおいて積極的な応戦。いつのまにか背に回された男の腕が、強い力でもって三上を引き寄せる。
その腕の持つ熱に煽られるように、より熱く、激しいキスを。
「‥‥ッは、ぁ、」
「ふ‥‥、」
離した口唇をつなぐ銀の糸を、三上が舌先で掬うように切る。
双方の治まらない息遣いが、就寝時間を越えて静かになりつつある寮内の生活音にまぎれて、室内に響く。
至近距離の、視線の交錯。
そして、渋沢が一言。
「‥‥‥‥豚キムチ味のキスは、初めてだな‥‥。」
「‥‥っぷ、くく、」
三上の忍び笑いは、やがて二人の哄笑に代わる。
床に寝転び、渋沢は天井を向いたまま、三上は渋沢の上、胸辺りに懐くように。
就寝時間で静かに、なんてこと頭から吹き飛んで。
一頻り笑って笑って、笑いつかれた頃には、寮内全体が静寂に包まれかけていた。
「はー‥‥笑った‥‥。」
「隣りには、悪かったなぁ‥‥。煩くてさ。ふふ、」
「ま、たまにはいいじゃん?バカ笑いも。‥‥っと、」
笑みを含んだ表情のまま、顔を上げた三上の視界が、不意に変わる。
ついでに、背中の感触も。視界の先には天井灯。
変わらないのは、見下ろしてくる渋沢の、優しい笑みと、そのキスだけ。
「‥‥豚キムチ味のキスも、な。」
「‥‥‥‥ま、たまには。」
「‥‥で、三上、間食の続きを貰いたいんだけどな?」
「間食はカラダに悪いんじゃなかったっけ?」
「‥‥本格的なお食事なら好いのか?」
「豚キムチ風味でよろしければ、ドーゾ。」
夜食間食、身体に悪いので程ほどに。
‥‥本格的な食事も、程ほどに。なんてね。
title/『お夜食はいかが?2』
end.(2003.03.02)
男子たるものたまには食え。食われてるけど食え!(笑)
当日お誕生日だった稀翠さんへ。
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