力を振り絞って、全力で走れ。





零れたため息は言葉にならなかった思いを含んで、大きくはないが小さくもなく。
けれど目の前で眠る親友を起こすには、足りなかったらしい。

動く気配の無い姿に、三上は帰室後早くも二度目のため息をついて、持っていた紙束を渋沢の机へと投げかけ、‥‥結局自分の寝台へと放り投げた。クリップで留められたそれはヒラリと裾を乱しながらも一まとまりに上掛けの上へと着地する。やわらかな布団に音の大半は吸収されて、ぱふりと微かな音を立てたのみだ。

渋沢は、眠っている。

「いつから寝てんだ、コイツ」

そう独りごちて、三上は棚の上に置いてある小さな置き時計へと目を向けた。
最後に渋沢を見かけた時間からそうは経っていない。しかも見かけたのは松葉寮から近いとは言い難い、校舎内の監督室。入れ違いに出て行った背中を見送って、自分もコーチから軽い指導を受け、最後に渡し忘れていたのか渋沢に渡してくれと書類束を押し付けられて、帰り支度をして‥‥。そこから時間を逆算すれば、せいぜい早くて15分程度前に帰室、といったところだろう。
それでここまで前後不覚に眠れているという事実に、三上はやはりため息をつく。

疲れているのだろう。それも、かなり。

なんでも背負い込むのってさ、ある意味貧乏性なんだよねぇ、と言ったのは、中西だったか。
その言葉を肯定も否定もせず、ただ苦笑していた渋沢の頭をはたいたのは、そう昔のことじゃない。
頼れるキャプテン、チームの精神的支柱。全国大会へ向けての調整、監督やコーチとの全部員の代弁者としての話し合い。それにくわえて、性格上の問題。
どんな些細なことにも心を砕き、全力で事にあたる。

くったりと力の抜けた大きな身体を布団の上に投げ出して、渋沢は眠っている。
それを暫く眺めていた三上であったが、ふ、と短く息を切ると同室者の寝台へと近寄っていった。寝台の脇に膝をつき、目の高さをあわせるように顎を布団の縁に乗せれば、ごく小さな寝息が聞こえる。近づけば、瞼の縁が軽く痙攣しているのが見て取れた。
三上は少し躊躇った後、その震える瞼の上に、そっと手のひらを乗せた。

「渋沢、」

名を呼ぶ囁きはとても小さく。





それが性分なのだと、好きでやっているのだときっと渋沢は言うだろう。そして実際、そうなのだろう。
自分の立場に責任に誇りを持ち、サッカーという競技に敬意を払い、自分の役目を全力で全うする。要領なんてない。余力なんてもっとない。余裕があるように見えるなんて、あれは単なる損な性分だ。

「お前さぁ、」

力を振り絞って、いつだって全力で。倒れるまで走るつもりで。
そういうところは本当馬鹿だなと、思う。
そういうところが、結構好きだと、思う。

「‥‥‥‥いいけどな」

とりあえず今はもうちょっと寝ておけと。
瞼に乗せた手のひらを滑らせて額を撫ぜ、髪を緩く梳いてから、三上も誘われるように眠りに落ちた。

寝て起きたらまた一緒に走ろうぜと、殆ど寝言で呟いて。





寝言だからこそのストレートな一言に、身体を伸ばして眠るその人の口元が微かに綻んだのを、顔を伏せて眠り込んだ三上は気づかなかった。





title/『全力少年』
end.(2007.07.29))

渋誕お祝い。「寝てる渋沢に三上が優しい」は私の中の王道パターンです。

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