意識の浮上は意外に急激だった。
深い場所から一気に引き上げられた意識とぱちりと音がしそうな勢いで開かれた瞼との間に、一瞬の齟齬が生じる。
視界を締める滑らかな肌とその張り詰めた筋肉の感触、直ぐ傍で繰り返される規則的な寝息は安らかで、恋人が未だ深い眠りの中に居ることを真っ先に認識した。
‥‥自分のことより可愛く愛しい恋人を優先した己の意識に、我ながら笑いそうになったけれど。
柔らかなシーツに包まるように、自分を抱き締めて気持ち良さそうに眠る恋人を起こさないよう、そっと相手の腕ごと身体を起こす。重力に沿うかたちで背中から腰へと撫ぜるように落ちた手のひらの感触に一瞬身体が震えた。体力にまかせて散々に貫かれ揺すぶられた身体は彼によって丁寧に清められていたものの、それでもまだ身体の奥に残った熾火のような熱は、些細な触れ合いにも敏感に反応する。
それは、この腕が大切な恋人のものだからであり、‥‥自分がそういう性質だから、という両方の理由からだ。
かつて美しく強い保護者達に教え込まれた快楽は、自分の中に深く刻み込まれたままだ。
(‥‥かつてっていうか、まあ、この間だけど)
隣国との交渉が始まる前に連邦の一員として彼の屋敷に赴いた際、あの強くて美しい身体に抱かれた。最高の時間だった。相変わらず技巧的で丁寧なキスとセックスに悦楽の涙を流せるだけ流したものだ。優しくて楽しく、恐ろしいほどの悦びをくれる触れ合いは、今もまだ自分のことを大切に愛してくれている兄との、ある意味スキンシップのようなものである。
『‥‥ほら、カナダ、来い。愛してる』
チロリと、唇を舐める。濡れたそれを親指でなぞれば、身体の奥から蕩けそうなあの感覚を思い出す。
あの声を、指先を唇を。
今更手離せるとは思えない。‥‥否、手離す手離さないの問題ではない。
(ないと、僕は多分ダメだ)
優しくて強引で、感覚の端まで震えるような悦びが。
「う、ん‥‥」
掠れた声と同時の身動ぎに、さやさやとシーツがか細く和した。
照明を全て落とした室内は暗く、ブラインド越しの曙光もまだごく淡いものでしかない。
それでも、この恋人の均整の取れた身体やサラサラとしたブロンドは少しも美しさを損なうことなく、はっきりとその輪郭を浮き上がらせている。
起きているときの溌剌とした表情も好きだが、こうして何の憂いもなく眠る、少し幼い顔もとても好きだ。
(‥‥だって、こうして眠る傍にいることが出来るのは、僕だけだから。)
「‥‥ん、‥‥カナ‥‥?」
「うん、いるよ、アメリカ。‥‥まだ早いから、もう少し寝よ?」
起こしていた身体を彼に寄り添わせるように横たえれば、ゆっくりとした、けれどとても優しい動きで抱き寄せ、抱き締められる。素肌が温かい。心地よい、‥‥気持ちが良い。
「‥‥大好きだよ、アメリカ。世界で一番。君だけだ」
ブラインド越しの曙光と同じくらいに淡い声で、束の間の覚醒から再び眠りの世界へと落ちようとする恋人に告げた。
すると、思いのほかしっかりとした、僕の大好きな声で応えが返ってきたんだ。
「俺もだよ、カナダ。‥‥世界で一番、愛してる」
思わず目を見開いて彼の顔を見上げたけれど、そのときには既にアメリカは眠りの世界へと旅立っていた。
「‥‥‥‥君ってやつは、」
呟きにも返答はない。ただ、抱き締めてくる腕の温かさと強さは変わることなく。
うっすらと開いた唇から、気持ち良さそうな寝息が聞こえる。
そっと身体を伸ばして、その唇の端に、触れるだけのキスを贈った。
それはほんの一瞬。技巧も何もあったもんじゃない。ただ触れ合わせるだけの、他愛もない。
けれど身体の隅々にまで幸せが、悦びがこだますような。
恋人と交わす、これが世界で一番気持ちいいキス。
『‥‥イギリスとも、こういうキスをしたのかい?』
昨夜、泣きそうな目で零された、なんとも可愛い台詞を思い出した。
ああ、本当にあれは可愛かった。アメリカは僕が怒るのではないか、なんて心配していたようだけれど、怒るどころか、もう、可愛すぎてどうしようかっていうほうが強かったものだ。
あのねアメリカ、その言葉に率直に応えるとすれば、それは「No」だよ。
だって、イギリスさんはあんなふうなぎこちないキスはしないし、多分出来ないからね。
‥‥なんて、さすがに言う気はない。彼の泣き顔はきっと可愛いだろうけれど、どうせならこんな傷つける馬鹿馬鹿しい台詞なんかじゃなくて、アメリカが感極まって泣いちゃうような言葉をあげたい。
それに、まあ、ね。
「‥‥そのうち、ちゃんとキスの仕方から全部教えてあげるからね」
暢気に眠る恋人にそう告げて、自分も再び眠りの世界へと戻るとしよう。
あたたかく強い恋人の腕の中で見る夢は、きっと最高に、世界で一番幸せな夢になる。
(ねぇ、アメリカ。解っているかい?解ってくれる?)
僕は君の隣りが、世界で一番気持ちいいんだ。
Between the Sheets
the end.(2008.10.12)
『マンハッタン X.Y.Z.』の事後
エチャででた「淫乱腹黒カナ」を書いてみました(・∀・)
イギとは寝てるけど(そしてこれからも時々)兄ちゃんとはもう切れてるかな?
兄ちゃんはその辺ちょっと潔癖なのがいいです。まぁイギとの関係は敢えては止めないけれど
イギ様も恋人って思ってるわけじゃなくて、本当にスキンシップの延長です。こまった兄弟だ!