その家の前にバイクが停まったのは、そろそろ太陽が中天へと昇りきろうとする、そんな時間帯だった。
ルルルルン、とどこか可愛らしささえ感じる排気音の車体は決して小型なわけではないのだが、四肢が長く、鍛えられ引き締まった身体の青年を乗せるには、些かミニサイズな印象を受ける。しかし当の本人はといえば特段気にした様子もなく、慣れた調子で手入れされた庭の敷石の上を低速で横切り、玄関ポーチでエンジンを切った。ガレージはもう少し奥にあるのだがそこまで持って行く気はないようで、軽やかな動作でバイクから降りる。
キャラメルカラーのボディには、控えめなメイプルリーフのペイント。
対する青年のヘルメットには、鮮やかな星条旗が大胆にプリントされていた。背負われている大きく膨らんだバックパックにも同様に。なんともカラフルな立ち姿である。
青年はメットのベルトを外しながら、ライダーゴーグルを首まで押し下げる。ジャケットのポケットから取り出したテキサスを掛けなおしながら、緩く仰のいてにっこりと笑った。

「ハロー、カナダー!バイク返しにきたんだぞ!」

庭先に響いた快活な声に、二階の窓が一度だけコンと鳴った。




「はいこれ、この前借りていたDVD。あ、これはゲームだっけ。それとイギリスから預かってきた、あーっとなんだっけ、テーブルクロス?刺繍?とー‥‥こっちが君が言ってた資料で、こっちはお土産のキャンディと酒だぞ!」

軽やかなアメリカの声をBGMに、机の上に文字どおり積み上げられていった物品を前に、カナダは軽いため息をついた。

「君ねぇ‥‥。キャンディと一緒に資料持ってこないでよ」
「え、何でさ、君がいるって言ったんじゃないか」

どこまでも快活なアメリカの声に、その兄弟たるカナダは「そりゃ言ったけどね‥‥」とぽそぽそとした声で応じながら、カラフルなキャンディの上に無造作に放られていた剥き出しの書類を手に取った。端が折れている。国家機密とまでは行かないが、一級の極秘資料と言っても過言ではない内容の其れは、本来ならば鍵付きのアタッシェケースに入れられて護送されても不思議ではないレベルのものだ。
カナダは手に取った其れを顔へと近づけると、スンと鼻を鳴らした。

「‥‥うわ、キャンディの匂い移ってるよ。甘い匂いがするなぁ」
「そんなの君んちに置いてたら勝手に全部メイプルシロップの匂いになっちゃうじゃないか、甘い匂いっていうならおんなじだぞ」
「ならないよ!‥‥多分」

"SECRET"と"classified information"の文字が躍るキャンディアロマの書類を、とりあえずと手近にあったクリアファイルに挟み込む。ふわりと漂っていたストロベリーのような甘酸っぱい匂いがそれで途切れた‥‥と思いきや、正面から同じ香りがほわりと漂ってきた。

「‥‥お土産っていうわりに君が食べてどうするんだい」
「どうもしないぞ。あ、これストロベリーバニラフレーバーでね、新商品なんだぞ!君も食べたらいいよ!」
「はいはい、後でね」

どこまでも快活で陽気で、ついでに微妙に噛み合わない会話に、もはや笑いしか出てこない。まあ、いつものことといえばいつものことなのだが。
そんな諦めにも似た境地にいつもの如く至ったカナダは、机の上に無造作に置かれたあれこれのうち、DVDとゲームをピックアップしていく。それらをまとめて腕に抱えあげると、ソファから立ち上がってリビングをあとにした。
のんびりとした足取りで廊下を歩くカナダの腕に抱えられたDVDは決して少なくは無い量である。それらは全て、本来ならばこの家のプレイルームに副え付けのオーディオラックに並べられている筈のものだ。

「‥‥あ、これ9巻だけ無いと思ってたらアメリカが持っていってたんだ、もう‥‥」

プレイルームのドアを開け、腕に積んだDVDを上から順番にラックへと戻しながら、ちらちらと見えるパッケージに、お気に入りの連続ドラマでも中盤の山場の回が収録されているDVDを見つけ、思わずため息をついてから、何となく笑った。
カナダの家に入り浸るアメリカの気侭さは、今に始まったことではない。
どこにやっただろう、と思っていたものを遊びに行ったアメリカのフラットで見つけたり、クロゼットの中にあった服を着てみたら何だか微妙に違和感があって、何でだろうと考えていたら、「あれ、それ俺の服だね!」とアメリカに指摘されたり。

‥‥そういえばあの時は、余った袖を折って着ていたところを抱き締められて‥‥

『サイズがちょっと大きいね。‥‥ふふ、なんか可愛いな』

カナダはぶんぶんと首を振った。
思い出さなくていいところまで思いだしてしまった。顔が赤くなっているのが自分でも判る。
今更といえば今更なのだが、これまでの数百年のうち大半を兄弟として過ごしてきた相手との、恋人、としてのシーンを選択して思い出すのは、やはり照れくさい。

「‥‥大体、アメリカがなんでもかんでも僕のうちに置いていったり持っていったりするから‥‥」
「俺がなんだって?」
「うわッ?!」

唐突に至近距離から掛けられた声に、カナダはうっかり体勢を崩しかけて、‥‥なんとか押し留まった。
否、押し留められた、というのが正解だろうか。

「‥‥君、そのなんでもないところで転ぶっていう特技はそろそろ返上するべきじゃないかな」
「なッ、ぼ、僕だって好きで転んでるんじゃないよ!」

倒れかけたカナダを後ろから抱き込む形ですくいあげ、その上で殺しきれなかった勢いを片腕を壁につくことで耐えたアメリカの、呆れを隠そうともしない言葉にカナダは即座に反論した。振り返って睨みつけでもしたいところだが、あいにく背後からがっちりと抱きすくめられている為に振り向けない。
‥‥いや、やはり振り向けなくてもいい。今、絶対に顔が真っ赤になっている。

「カナダ?DVD落としてない?」
「‥‥うん、それは、もう全部戻した後だったから‥‥。あの、それよりアメリカ、‥‥は、離して」
「あ、この映画俺まだ観てないなぁ、こっちのも。ねぇカナダ、借りて帰っていいかい?」
「‥‥‥んぁ?!」

レンタルをねだるアメリカの声はいつものように快活で陽気だ。
そのくせ、抱き締めてくる腕は強さを増して、ストロベリーバニラフレーバーの息が首を掠めていって。
思わず身体を竦ませたカナダの耳に、ふ、と息が吹きかけられた。

‥‥わざとだ。絶対、解ってやってるんだコイツは!!

「‥‥もうッ!君ホンットいい加減にしなよ!?」
「それは出来ない相談だよ。君相手にいい加減なんてね。‥‥俺はいつだって本気さ、君に関するかぎり、全て」
「ふぇ?‥‥っん、ぅ」

腕の中で強引に振り向かされる。
視界の転換に一瞬ついていけずにほとんど無意識に見上げた恋人の、テキサス越しのスカイブルーが情欲に潤んでいるのを情報として理解するより先、圧し掛かられる様にして深いキスを挑まれる。
ぼんやりと開けていた唇の隙間から熱い舌を挿し入れられ、舌を絡めとられながら上顎をそろりと舐められた瞬間、カナダの膝からカクリと力が抜けた。
そうなることを見越していたのか反射神経の問題か、抱き締めたカナダの体重にも動じることなく、そのままそろそろと膝をつくように抱き込んだまま座り込み、アメリカは僅かの息継ぎの間も惜しいと言わんばかりの熱烈なキスを恋人へと贈る。時折眼鏡がかち合う高い音と、甘い声と、いやらしい水音が混じって、静かなプレイルームの空気を濃密な恋人たちものへと変えていった。

「ふ、ぁ、‥‥ん、アメリカ、ぁ」
「‥‥ン、は、はぁ」

一頻り貪りあった濃密な口づけの後は、すっかりと早くなった息を抱き締めあった互いに分け合うようなインターバル。
抱き込んでくるアメリカの腕の中、いつの間にか縋るようにカナダの指先がアメリカのシャツをきゅっと握り込んでいる。
その指に気がついたアメリカは、忙しない息をなんとか整えながら、目を細めて恋人の鼻先に啄ばむようなキスした。目を合わせる。互いの薄いガラス越しの視線はゆっくりと絡め合わせられ、それから同時にクスクスと笑いだす。

「‥‥ストロベリーバニラフレーバーだったね」
「だって君が『後でね』って言ったんじゃないか。どう、美味しかっただろう?」
「わかんないよそんなの。‥‥君のキス、いっつも甘いもの」
「なんだい、君ってば転ぶのと同じくらい甘い言葉が特技なのかい?」
「‥‥確かめたいなら、もっと言わせてみれば?」

そう囁いて微笑んだカナダに、アメリカは「書類より先に俺のほうがメイプルシロップの匂いになっちゃいそうだな」と甘い声で笑って、甘い甘い意味を込めてカナダをきゅっと抱き締めた。




「それじゃカナダ、バイク借りていくぞ!」
「うん。‥‥また、早く返しにおいでよね」

とっぷりと日も暮れた庭先に、ルルルルン、と可愛らしいエンジン音が響く。
ゴーグルとメットを付けたアメリカは、借りたDVDやカナダから預かった書類など様々なものでいっぱいになったデイパックを背負い直すと、やはり快活な声で窓へと声を掛ける。
開け放った窓に肘を突いて、やや気だるげなカナダがヒラリと手を降った。
つい先ほどまでたっぷりと甘い時間を堪能しあった恋人に、アメリカはぶんぶんと腕を大きく振って返した後、このところカナダと自宅の往復ばかりのバイクにひらりと跨った。

それからもう一度、窓を見上げて、盛大な投げキッス。

「あはは、どうだい?メイプルシロップ味だった?」
「知らないよ、バカ」









フルルン、と軽やかなエンジン音が遠のいていく先をぼんやりと見つめながら、カナダはちゅ、と軽い音を立てて小さく投げキスをした。
唇に当てた指先は、ストロベリーバニラフレーバーだった。









 キャンディメイカー





the end.(2008.11.12)

フルフェイスじゃないのは投げキスの為(笑)
あとライダーゴーグルが大好きな為!