「アメリカ!」
自分を呼ぶ声に、アメリカは閉じていた瞼を上げた。
ほぼ無意識に金髪へともぐりこませるように上げていたテキサスを引き降ろせば、一瞬で視界がクリアになる。見慣れた自国機関の、会議場の一室だ。今は人っ子一人いやしないが、ほんの1時間ほど前まで此処には数多の国々が集っていた。とはいえ、アメリカにとっては殆どが意識の俎上にのぼらない国ばかり、なのだが。
彼が辛うじて意識できるのは、行動を共にしてくれバックアップしてくれる日本、口喧しいながらも常に自分の味方になってくれるイギリス、あとは中国、欧州の幾つかの国、そして‥‥
「‥‥‥‥ですから、カナダですってば」
すこしフランス語訛りのあるおっとりした英語、自分と似た、聞き慣れた声。
アメリカは背凭れに預けていた身体を、ゆっくりとした動作で起こす。議場の椅子はさすがにパイプ椅子、というわけではないが、さして座り心地のよいものではない。どこの国に行ってもそうなのだから、きっと『会議室の椅子』はそういう仕様なのだろう。埒もない事を思う。
その間にも、聞き慣れた声は続く。
少し遠い其れ。声の持ち主の姿は見えない。‥‥ああ、窓の向こうだ。
「あ、ああ、スマン!お前らちっせぇ頃から本当に似てるからなぁ‥‥」
「まあ、それは確かですけど」
窓向こうは淡い、夕暮れ色。まるでそこだけ別世界のように。
午前から続いた会議はやや紛糾したものの、落としどころにきっちり落ちた感もあってか、帰る国々の表情はそれなりに落ち着いたものだった。ホスト国としては成功、といってもいいだろう。あとは、上司のところにちょっとだけ顔を出して、ハンバーガーとシェイクとドーナツでも買って、家まで帰ればいい。それだけだ。‥‥そうすれば、いい。
「ごめんな。ああ、これからメシでもどうだ?一緒に」
「え、いいんですか?!」
「ん。このところ忙しかったし、お前とも話せてねぇだろ。電話もしてやれなかったし、あんま時間ねぇけど‥‥せっかく、会えたんだしな」
「‥‥えへへ」
聞き慣れた声。誰よりも聞いていた声。聞いていたかった、声。
窓向こうは、夕暮れ色。やがて夜の色に染まり、静かに眠りにつく。何もかもを覆い隠して、眠る色。まるで別世界のように。
自分だけを置き去りにしていく、彼らのように。
次第に離れていく足音と、少し弾んだ聞き慣れた声。‥‥甘くふわふわな感情を含んで、ただ一人に向けられる声。
アメリカは再び瞼を下ろす。クリアだった視界は薄闇に閉ざされてもうなにも見えない。見たくないものも、知りたくないものも、見ない。
瞼を下ろす一瞬前、窓向こうから聞こえた声に視線を遣った。
甘い声の持ち主によく似た自分の姿が、窓に映りこんでいた。
君なんて、俺に間違われるくせに。
俺と同じ姿で同じ声で間違われ、その都度傷ついてるくせに。
「‥‥バカだね、君は」
呟く。良く似た声。
「本当に、馬鹿だ」
見つめる。良く似た姿。
‥‥ああ、けれどあの窓に映る姿は、君じゃない。
大好きな彼といる君は、決してこんな風な顔はしない。
イギリスさん、自分によく似た自分とは違う甘い声が、遠く聴こえた。
こぼれた涙は夜色に溶けて、もう見えない。
窓に映る馬鹿な似姿だけが、もう見えなくなった二人の後ろ姿を、追っていた。
夕影ミラージュ
the end.(2009.01.21)
俺に間違われる君に俺は恋をした
俺に間違われる君は彼に恋をした
君に似た俺の顔 君に似た俺の声
俺に似なかった君の想い
鏡に映った影がこちらを向いていると無邪気に信じていられたなら
こんなにも、こんなに、この想いが