「親父、この本屋にあるカナダ人との付き合い方を記した本を全て包んでくれ!」
「わぁ、このケーキ全部食べていいんですか?」
「ああ」
喜色に溢れた問いかけへ言葉少なに頷けば、軽やかな歓声が室内を柔らかく彩った。
ふんわりとしていて、どこか甘く感じる声だ。
クマ吉さんも食べようね。ン、誰?君の飼い主のカナダだよー。
‥‥果たして彼の傍で幾度聞いたかは既に計測不能な遣り取りを今日もまたぼんやりと聞き、差し向かいに座ったソファでふわふわのシロクマを抱えた彼が卓上に並べた菓子に手を伸ばすのを、開いた本へと視線を落としつつ、こっそりと観察する。
「‥‥その、美味いか?」
「はい、とても!」
「む、そ、そうか」
切り分けたバウムクーヘンを頬ばりながら、彼はにっこりと笑った。‥‥よし、成功だ。
『カナダ人はごはんが好きです。美味しいものを食べさせてあげることは親密になる為の大きなポイントです。』
手元の本のページを繰りながら、美味しそうに菓子を食べるカナダをやはり密やかに観察する。
普段から妙におっとりのんびりしている彼は、食べるのも実におっとりとしていて、いっそまどろっこしい気分にもなるのだが、そこはぐっと抑えた。食事の速度に個人差があることくらい子供ではないのだから解っている。
それに、おっとりと菓子を食む彼は、なんというか、妙に可愛い。
はいクマ衛門さん、あーん。アー。おいしい?オイシイ。
‥‥和む。非常に和む光景だ。いや、ほんの少しだけ悔しい気もするのだが、まぁそれは、あまりに大人げないというものであって、気にしないことにする。む、無理などしていないぞ、いないからな。
心の中で誰とも知らない相手への言い訳めいた言葉を一頻り並べた後、俺はすぅっと息を吸い込み、先ほど読んだばかりの文面を思い出しつつ、静かに問いかけた。
「‥‥カナダ、眠くないか?」
「え?いいえ。ああでもクマ大門さんは眠そうだから、ちょっと寝かせてあげていいですか?」
「ああ、いいとも」
腕の中でモソモソと動くシロクマを、ほっそりと白い手で優しく撫でて膝上で寝かせてやる彼は、大変可愛い。シロクマを撫でる手とは逆の其れには、まだクーヘンの欠片が摘ままれていて、これもやはり大変可愛い光景だと思う。
‥‥しかし彼自身は眠くないというのだが‥‥。いや、まだ油断は禁物だ。
『カナダ人は眠るのが好きです。睡眠時間はしっかりと確保してあげましょう。話の途中で眠られても、怒らないこと。』
シロクマを寝かしつける為か、甘く小さな声で歌を歌う(そして時々菓子を食む)彼をやはりチラチラと観察しつつ、パラパラとページを繰っていく。
ふむ‥‥。まだ会話の途中で眠り込まれた経験はない。が、この先眠り込まれたとしても怒らないでいよう。というか、‥‥彼の寝顔はとても可愛らしいのではないだろうか、いっそ見てみたい‥‥いやいや、いや!
「‥‥ドイツさん?どうかしましたか」
「いっ、いや!なんでもないんだ!」
‥‥しまった、つい反応を大きくとりすぎてしまった。
ブンブンと首を振る俺を不思議そうに此方をみているカナダの、素晴らしく綺麗な青い瞳を直視できずつい視線を逸らしてしまった。なんたる臆病か。
‥‥しまった!視線を逸らしたことで不誠実と受け取られてはいないか?!
「カナダ、これは決して君に対して何か思うところがあるというわけではなく‥‥っ!」
「は?‥‥あ、ごめんなさいクマ彦さん寝ちゃったから、静かに」
「‥‥すまない」
『カナダ人はとても穏やかです。広大な自然に育まれた彼らの穏やかさを尊重し、何事も慌てず騒がず静かに。カナディアンタイムです、おっとりとした行動に合わせてあげましょう』
‥‥おっとり。おっとりだ。静かに、彼に合わせることが肝要なんだ。
俺はうっかりと出してしまった大きな声を飲み込み、手元の本を閉じると、意識しておっとりとした動作で、立ち上がった。
「クーヘンのおかわりは?コーヒーはどうだ」
「いただきます。ケーキとっても美味しいです」
「そうか」
ほわりと甘く笑うカナダにほっと息をつき、見上げてくる彼の頬をついと一つつついてから、俺はキッチンへと向かった。
‥‥よし、大丈夫だ。あの本に書いてあることは完璧にこなせている。この調子でいけば、きっと、うん。
「‥‥ねぇクマ吾郎さん、こんな感じだと思う?」
「ン、誰?」
「カナダだよ。‥‥その本のカナダ人て、本当のんびり屋さんだよね。いや、僕だってケーキもお昼寝も大好きだ、けど、さぁ‥‥」
「ソウカ。」
「‥‥ドイツさん、こういうのが、好きなのかなぁ‥‥いつか、僕のこと‥‥だったら、いいな‥‥ぁふ、ぅ‥‥ねむ‥‥」
「‥‥‥‥オイ?」
「‥‥‥‥む、」
居間に戻るなり、思わず立ち止まってしまった。
そんな俺に、ヒョイ、と可愛い仕草で此方へと帰ってきた瞳は、おっとりと美しい青ではなく。
「カナダ、寝テル。」
「そ、そうか。‥‥コーヒー飲むか?」
「飲ム。」
先ほど飼い主の膝でウトウトしていたシロクマに、飼い主の為に入れてきたコーヒーを渡せば、そのもふもふした前肢でカップを掴み、すそそ、と其れをすすった。実に器用だ。且つ、可愛い。‥‥彼の飼い主と同様に。
「‥‥‥‥本当に唐突に寝るんだな」
「結構、寝テル。」
「そうか‥‥やはり眠るのが好きなのか?」
「好キカドウカハ知ラナイ。デモ、寝テル。」
意外に律儀に応えてくれるシロクマの声を聴きつつ、先ほどまでとは全く逆に、シロクマに寄りかかって眠るカナダをじっくり観察する。
ふむ、なるほど、やはり本に書かれていたことは実に正しい。
俺はソファの端に置いていた本を改めて手にとり、パラパラと眺めてみる。
曰く、カナダ人は食べるのが好き。
曰く、カナダ人は眠るのが好き。
曰く、彼らは穏やかでのんびりおっとり屋。
付き合いの基本は、カナディアンタイムに合わせて行動すべし。
「実に、的確だ」
ああ、だがしかし。
「‥‥『怒らないこと』などと書かれるまでもなく、怒れないだろう、これは‥‥」
スヨスヨと眠る、目下片思い中な可愛すぎるカナダ人を、俺はじっと飽くことなく見つめ続けた。
パタリと閉じた『カナダ人との付き合い方(初級編)』は、また夜に熟読して、彼との付き合いをさらに良いものにすべく努力しようと思う。
‥‥そして、いつかは。うん。大丈夫だ、多分。
モウ十分バカップル、と呆れた声はコーヒーとクーヘンをもそもそと見た目可愛く食べるシロクマの声だった気がしたが、あいにく片恋相手を見つめるのに忙しかったので本当のところは定かではない。
カナダ人との付き合い方(初級編)
the end.(2009.07.16)
「ねぇクマ吉さん、僕も『ドイツ人との付き合い方』って本を読んでみるべきかな?」
「‥‥‥‥知ラナイ。」
クマ吉さん、いい迷惑(笑)