あのひとがくれたのは
少し冷たい手のひら、昂然と歩く後ろ姿、それから









「カナダ」
「はい、こんにちは、イギリスさん」

教えられたとおりの丁寧な英語で挨拶をすれば、いつも少しだけ笑ってくれた。
少しだけ、だけど。
声を立てずに口の端をほんの僅か引き上げる、少しだけの笑い方。

イギリスさんは、あんまり笑わない。
大きな声を出して笑ったところを、僕はみたことがなかった。


『彼は格好つけたがりなんだぞ!俺が居ないって思ってるときは、時々すっごい荒っぽい言葉で話してるし、おっきな声で笑ってるし。でも、 そういうところも格好いいんだ!』


まあ、ときどきうざったいけどね!
大きな声で言って快活に笑ったのは、ずっと南の方に住んでる僕の兄弟。
イギリスさんはアメリカのことをすごくすごく大切にしていて、すごくすごく大好きで、だからアメリカはイギリスさんのことをすごくすごくたくさん見てるから、アメリカがそういうなら、そうなんだろうと思う。

でも、僕は知らない。だって、見たことないから。

僕が知ってるイギリスさんは、いつも静か。
凛と背を伸ばして、昂然と前を向いて。威風堂々。
あんまりお話もしないし。
少しだけの、笑顔。

「カナダ」
「、ッはい」

‥‥他所事を考えてたせいで、返事の声が少しだけ震えてしまった。


『君はぼんやりしてるからなぁ、彼に怒られないか心配だぞ』


イギリス、結構怒りんぼだからな。怒られたら俺に言いなよ!なんてアメリカは笑って言っていたけれど、別に僕だっていつもぼんやりしてるわけじゃないのに。 それに、イギリスさんはアメリカのことがすごくすごく好きだから、だから怒ってるんだろうし(だってアメリカ、落ち着きないんだもの)、それに、怒ったってきっとすぐイギリスさんはアメリカのこと、許すんだろう。

僕は、イギリスさんに怒られたことがない。
だから、アメリカのいうイギリスさんは、僕は知らない。

「‥‥そう、緊張するな」

そう言って、伸びてきた手が僕の髪をわしゃわしゃって、ゆっくりとかき混ぜる。
皮手袋をしていてもわかる少し冷たい手のひら。アメリカより少し長めにしてる髪をイギリスさんが梳く間、僕はいつもじっとしている。
ゆっくりと、けれどあんまり丁寧でもない手つきで撫でられてる間、僕はいつだってじっとしている。
だって、イギリスさんが静かだから。
彼はいつだって静かに僕の頭を撫でて、静かに指を離して、それから、やっぱり少しだけ、笑う。

「変わったことは、ないか?何か欲しいものとか」
「今は、特にないです」
「体調は?熱っぽいとか、痛いところは」
「大丈夫です」

言われることに、ひとつずつ返事をする。

「これ、お土産だからな。あとで食べ‥‥あ、食事の直前には食べるなよ。ちゃんとご飯を食べて、これはお茶の時間に食べろ」
「はい」

差し出された甘い匂いのする包みを、胸に抱くようにして受け取る。
そうしたらイギリスさんはいつもみたいに少しだけ笑ったけど、すぐにいつもの静かな顔で、普段の生活での細々とした注意点だとか、そういうことをつらつらと言い重ねてきた。
簡単な単語と文法を使ってゆっくりと丁寧に話してくれるのは、まだ僕が英語に慣れてないと思っているからなんだろう。

もう、英語もきちんと、話せるようになってるんだけど。
知らないのかな。‥‥知らないんだろうな。

一頻り小言めいた質問を並べた後、イギリスさんはそわそわし始めた。 きっともう、帰る時間なんだ。イギリスさんは忙しくて、こうして先触れなしにちょっとだけ訪ねてきては、すぐに帰ってしまうのも珍しくはない。
それに、まだその手のひらに甘い包みが、ひとつあるから。

「あー‥‥と。それじゃ、もう行くけど」
「はい」

チラリと時計を見たイギリスさんに、短く頷く。
これから南にいくんだろうと、ぼんやり思う。
あちらでは、もうちょっと長く滞在するのかな、とぼんやり思う。
それで、荒っぽい言葉で喋ったり、大きな声で笑ったり、アメリカのこと叱ったりそして許したりするんだろうな。

僕は知らないけど。
アメリカの知ってるイギリスさんは、僕は知らないけど。

「‥‥カナダ?」
「え?」

呼びかけられて、まだ何か言われてない事があったのかなって、顔を上げた。‥‥なんで、困った顔してるんだろうって、不思議に思って、それから、気がついた。

手のひらの中に、上等な布地の感触。綺麗な赤い、其れは。

「ッごめんなさい!」

ぱっと手を開いた。ハラリと落ちる布の音は、そのままイギリスさんの軍服の、長い裾先に引っ張っていかれる。
‥‥びっくりした。自分に。いくらアメリカにぼんやりなのんびり屋だって言われても、ぼんやりして人の服ひっぱるなんて、したことなかったのに。

怒られる、かな。
だって、アメリカはイギリスさんのこと怒りんぼだって、言ってた。
怒りんぼなイギリスさんなんて僕は知らないけれど、イギリスさんにすごくすごく好かれてるアメリカがそう言うんなら、きっとそうなんであって、だから、怒られるかなって、思ったのだけど。

‥‥けど、怒られなかった。

怒られずに、代わりにわしゃわしゃって、頭を撫でられた。
ゆっくりとした、‥‥それは僕も良く知ってる、少し冷たい指先。

「‥‥イギリスさん?」
「ん‥‥いや、そうだな、お茶でも飲むか」
「え?」

だって、帰るって言ってたのに。
そう思ってぱっとイギリスさんを見上げれば、いつもの‥‥ううん、いつもより、ちょっとだけ多めの、笑い方で。




初めて見る、ふんわりとした笑顔で、僕のこと見てて。




「あ‥‥」
「せっかくスコーン焼いてきたんだしな!ちょうどアフタヌーンティの時間だ。カナダ、茶葉は置いてるか?」
「え、う、はい、この前イギリスさんが持ってきたのが」

服の裾を颯爽と翻して、スタスタスタって、僕の横を通り抜けて玄関先から室内へと踏み入れるイギリスさんを目でぼんやり追いかけて。それから、我に帰って後ろを追った。歩幅が全然違うから、半分走るように追いかける。

「イ、イギリスさん」
「ん?どうした」

振り返らずにイギリスさんが言う。
どうしたって、だって、‥‥だって。

「‥‥‥‥‥‥なんでも、ない、です」
「ん。」

イギリスさんは、立ち止まらずに前を向いたまま短く頷く。
昂然と歩く後ろ姿を僕は、小走りで追いかける。

追いかけながら、南で彼のことを待ってるだろう兄弟に、声に出さずに呼びかけた。









ごめんね、アメリカ。ちょっとだけ、イギリスさんが到着するの、遅れるよ。
それと、イギリスさんが笑うの、見たよ。

アメリカが、知らない笑い方だったかも、しれないよ。









 ガーネットスター





end.(2008.07.05)

兄がくれたものは、
少し冷たい手のひら、昂然と歩く後ろ姿、それから
僕のためだけの、笑顔。

ちゃんとカナちゃんはイギリスに懐いてたよってお話でした
イギはどうせ嫌われてるんだろと思ってました、この時まで。