気がつかなかったわけじゃない。
気にならなかった、わけでもない。
けれどまあ、だからと言ってだ。どうこうするつもりもあったわけじゃ‥‥

「‥‥あのなカナダ。お前、それ、」
「あ、イギリスさんも気がつきました?可愛いでしょう、アメリカに貰ったんです!」

カリフォルニアの限定なんですよ、なんて。
カナダらしい、ふんわりとした満面の笑みで言われてしまえば、イギリスとしてはもう二の句の告げようがなく、押し黙るしかない。
自慢なのか、はたまたちゃんと見せようという親切心なのか、目線の高さまで差し出された携帯電話を、‥‥精確には、携帯につけられたストラップを。イギリスは、ああ、とかうん、とか、曖昧な声で応じながら、ユラユラとゆらめくチャームを見遣ったものだ。
ごく自然な笑顔で対応できたのは伊達に長く生きているわけではないという証だ、なんて。愚にもつかない事を考えたのは、精神的に目を逸らした証だということも、同時進行で理解していたのだけれど。

カナダは意外に可愛いものが好きだ。

‥‥いや、意外でもないか、とイギリスは思い直す。
昔からふあふあもふもふの可愛いシロクマを片時もはなさず抱き締めていたし、幼い頃気まぐれにミニブーケを作ってやれば嬉しそうに笑っていたものだ。可愛くも広大な向日葵畑などを造るのも好きなようだった。
無論、イギリスとて可愛いものが嫌いなわけではない。
他者には見えないものの、傍に寄ってきては愛らしくもおどけた笑顔を振舞うフェアリやドワーフを愛していたし、可愛いと思ってもいた。
そうとも、可愛いものが嫌いな者など、そういるものでもない。

だから、カナダが、アメリカが誇る世界で最も著名で有名で可愛らしい黒ネズミのキャラクターが大好きだからと言って、どうということでもないではないか。

「このところ忙しくって、フロリダにも行けなかったんですよね。カリフォルニアなんてもっと遠いし‥‥。アメリカも一緒に遊びに行こうってよく声かけてくれるんだけど、時間がとれなくて」

‥‥まあお前ら隣国だしな?そもそも兄弟だし。そうだな、仲が好いのは良いことだと素直に思わなくもない。ああ。

「それで!この前も誘ってくれたんだけどやっぱり土壇場で行けなくなっちゃって、でもパスが勿体ないからアメリカだけでも行ってきなよって言ったら『僕だけいってもつまんないぞ!』って言われてケンカになっちゃったりもしたんですけど、暫くしてアメリカが遊びにきたとき、これくれたんです。期間限定でカリフォルニアにしか出ないから、もう手に入らないだろうなァって思ってたのに、これ買うためだけに行ってくれたみたいで」

‥‥‥‥ああ、アメリカの台詞が手に取るように解る。どうせ「僕はヒーローだからね!キミが欲しいものを手に入れるのも僕の仕事さ!」とかなんとか言ったんだろう。手にしてるのが可愛すぎるチャームでも似合ってるよ。お前もアイツもいつまでたっても可愛いっていうか何ていうか。

「あ、こっちキーにもつけてるんです。これはですねー、ペアで一セットになってて、アメリカと分けたんです。可愛いでしょ?」

‥‥‥‥‥‥そうか。ペアか。兄弟仲良く半分こか。ああ可愛いよ。可愛いよお前ら本当に!可愛すぎてどうにかなりそうだよ俺は!

「だからすっごく気にってるんです。‥‥あの、イギリスさん?どうかしましたか?」
「‥‥いや、何が」
「え、さっきから、あんまりお話しないから‥‥」
「ああ、いや、なんでもない。うん。可愛いな」

イギリスは、頷いた。
内心で何を思っていようとも、それを顔に出すほど自分は青くは無い。いつどんな状況に放り込まれたとしても、一瞬で泣くことも微笑むことだってできる。それだけの経験はつんできた、筈だ。
なにはともあれ、頷いた。‥‥若干引きつり気味の声だろうが、何となく眉の辺りがそわそわしていようが、それくらいは出来る。
困惑したように青灰色の瞳を曇らせて、ふわふわでくるんと巻いた髪がぺそりと落ちるのをみるくらいなら、笑うくらい出来る筈だ。

「でしょう?!あとね、こっちのブレスレットのー‥‥、」

果してイギリスの笑顔は成功し、再びカナダのレクチャーが始まる。
それは彼が隣室に置いた固定電話の呼び出し音に席を外すまで延々続いたのだが、その間もイギリスは頷いたり、同意したりしたものだ。‥‥そうとも、可愛いものは俺だとて大好きだ。




可愛い恋人が可愛く楽しそうにしているのなんて、当然好きに決まってるじゃないか。




「‥‥‥‥それにしても、だ」

隣室で電話を取ったカナダはそのまま通話中だ。詳しい会話は聞き取れないし聴くつもりも無いが、口調からして上司か、ともかく仕事関連の相手らしい。やや長引きそうな気配を見て取って、イギリスは腰掛けていたソファに深々と身体を沈み込ませた。
長いため息、などついてみる。それから、机の上の可愛らしい、恋人の携帯電話へと視線をゆるゆると向けた。
元弟の家が本家のテーマパーク。仲の良い兄弟。おそろい。有名な黒いネズミ。

「可愛いもの、か‥‥」

セーラーを着たアヒル、犬も居ただろうか?他にもたしか、双子のリスだとか、耳の大きな象だとか、黄色い‥‥

「‥‥あ。」

思わずソファから身体を起こした。
起こしてもう一度、恋人の携帯電話につけられた可愛いチャームを見て。
おもむろにポケットから自らのビジネス用の携帯を取り出すと、イギリスは慣れた手つきで番号を呼び出す。

「‥‥ああ、俺だ。‥‥いや、違うんだ、仕事じゃないんだけどな。あのな、少し頼みたいことがあって‥‥」

海を隔てた本国で、文字通りの『自国』から受けた珍妙な頼みごとに首をかしげたイギリスの部下は、それでも真面目に頼まれたものを購入すべく、オフィスを後にしたのだった。









フランスが其れに気がついたのは、全くの偶然だった。

彼にとってのカナダは、れっきとした一国ではあるものの幼い頃に自分が育てたいわば子どものようなもので、様々な事情から手離す結果となったものの、今でも可愛く、大切に思っている相手だ。
おっとりとしたのんびり屋の彼の姿が見えないときは、やれ会議室を間違えてないか寝坊をしていないかと素で考えて、いや、もうあの子も子どもじゃないのだからと自らに苦笑したことも数え切れないほどある。
可愛い可愛い、カナダ。おっとりと走り寄ってきて、こんにちは!と自分似のふわふわの髪を揺らしながら笑うのに鷹揚に返答しつつその頭を撫でてやって、くすぐったそうに笑いながら身を捩ったカナダのジャケットの胸ポケットからはみ出して揺れる其れに、気がついた。

「なぁに、お前また随分と可愛い携帯になってんなぁ」

え?と小さく呟いてきょとんとしたカナダは、けれどすぐに察したのかふんわりと微笑むと(ああ可愛い今からでも俺の領地になればいいのに!)、ポケットから携帯電話を取り出した。
シャラリ、と付けられたストラップが揺れる。それは随分と、可愛らしいもので。
‥‥そう、この子どもが可愛いもの好きだ、というのは以前「カナダは俺の兄弟なんだぞ!」と言っては何かとカナダをかっさらっていくあのヒーロー気取りの子どもが言っていた。たしか、一緒にテーマパークに行くだとかなんとかいって、彼らの元保護者‥‥いや、フランスもそうだと言えばそうなのであるが自分ではなく、フランスにとっての海峡越しの腐れ縁眉毛の目の前から掻っ攫っていったのを目撃したことがある。その一連の様子ときたら正しく掻っ攫い。あれは見事だったと他人事ながら呆然と立ち尽くす腐れ縁を見ながら思ったものだ。
とまぁ、ともかくそんな具合で彼ら兄弟がそのテーマパークに行くのを見たこともあるし、それとなく察するところではカナダもそれが嫌ではないらしい。むしろ、カナダの為にアメリカが誘っているらしき様子も受け取れて、うーん仲のいい兄弟だねぇ、なんてうっかりほのぼのパパ気分になったことさえあった。
そんなわけで、カナダの携帯がやたらと可愛いストラップつきなのは、以前から知ってはいたのだが。

「‥‥増えたのか?たしか、前はミッキーだけじゃなかったっけ」

精確には覚えていないものの、たしか例の黒ネズミがモチーフのチャームがシャラシャラとついていた、だけだった気がした。「おそろいにしようよって、アメリカが」と、ほわほわと笑って言った言葉に、あの生意気な大国のこどもっぽい独占欲が垣間見えて思わずニヨニヨしたものだ。
フランスはカナダの手に収まった携帯電話をまじまじと見る。
‥‥単純に、ちょっと、いやたった一つ増えただけといえばその通りなのだが。けれどフランスは、ほんの少しの違和感を覚える。

(そう、確かこのキャラは、オリジナルじゃなくて、原作が‥‥)

と、そこまで考えたところで。
それまでふんわりとした笑顔だったカナダが、すうっと頬をほんの少しだけ染めて、甘い声で答えをくれた。

「これ、イギリスさんがくれたんです」
「‥‥はぁ?アイツが?」

はい、と頷いて携帯の、新しく増えたチャームを指先で触るカナダ。
大切そうに、まるでそれをプレゼントしてくれた本人に触れるかのように、そっと。

其れは、確かにディズニーがライセンスを所有しているキャラクターだが、その原作はといえば、アメリカではなく。




(‥‥‥‥‥‥いやいや、いや。イギリス、お前、それさぁ)




「‥‥ん?あ、電話だ。ごめんなさいフランスさん、少し失礼します」

規則的な電子音での呼び出しに、カナダが少し離れてから通話ボタンを押した。はい、と落ち着いた声にどうやら相手が仕事仲間か上司なのが見て取れて、フランスはそちらから意識を逸らすべく、軽く天を仰いで息をついた。‥‥もしかして、アメリカからの呼び出し音は『It's a small world』とかなのだろうか。
あり得そうな想像に、フランスは思わずふきだした。確かに、『The Star-Spangled Banner』よりよっぽど可愛らしい。

「‥‥?どうしたんですか、フランスさん」

電話を終えたカナダがトコトコとフランスの傍へと戻ってきて、なおも口の端に笑みを残したフランスに不思議そうに問いかけた。それを適当に濁しつつフランスはカナダの手元に収まったままの携帯へと再び視線をあてた。




可愛らしい、ハニーポットを抱えた黄色いクマのチャーム。
原作は、英国。




「ね、可愛いでしょう!イギリスさんも可愛いの、好きなのかなぁ」
「あー‥‥そうだねぇ、好きなのかもねぇ」

あの男がカナダにプレゼントした、その理由に気がついているのかいないのか、ふわふわと笑うカナダの頭を撫でながらフランスは頷いたものだ。
ああ、確かに、あの野郎は可愛いものが好きなのだろう。




可愛い可愛い、カナダを恋人にしているくらいなのだから。




‥‥さて、この子が黄色いクマの出生地に気がついたとき、一体どんな顔をするのかな?
ぼんやり浮かんだ疑問に、けれどフランスは内心で肩をすくめて自答する。

どうせそんな可愛い顔なんて、イギリスしか見れやしない、と。




「‥‥よしカナダ、今度お兄さんちのディスニーランドに招待してあげよう」
「え!本当ですか?!」

大きな目をきらきらと輝かせてフランスを見上げてくる可愛い子どもに、フランスはにっこりと極上の笑顔で応じる。本当だよ、近いうちにチケット贈るから、と頭を撫でつつ言い添えれば、ありがとうございます、と感謝の言葉と一緒にとびきり可愛い笑顔が返された。‥‥ああ、俺にはこの笑顔が一番だ。一番可愛い。

「楽しみだなぁ」
「あー、そうだねぇ楽しみだねェ」

可愛く笑って言うカナダに、フランスも相づちを打つ。
ついでとばかり、今日はお兄さんちで美味しいもの食べて行きなさい、とディナーに誘い、はぁいと昔から自分だけが聴いていた、甘えた声の返事に、彼の肩を抱いて歩き出す。









果してこの可愛い子どもが、兄弟と来るのか恋人と来るのかどちらだろうと考えながら、フランスはチケット手配の算段と今夜のメニューに思いを廻らせたのだった。









 チャーミィチャーム!





the end.(2008.11.02)

きゃわいいは正義。正義だよ。