暁闇に、ふと目を覚ました。

視線だけを巡らせて見た窓の外は、まだ暁は遠く、夜の色をしている。
深々と冷えた大気は室内にも関わらず冬の最中に相応しい、一糸まとわぬ肌には痛みさえ伴う冴えをしていた。
ぶるりと身体を震わせて、イギリスは上掛けを引っ張り上げるようにして首元までを覆う。

同時に、腕の中に抱いた恋人のあたたかな身体を、そっと抱きなおした。

「‥‥よく眠ってんなぁ」

呟いた言葉は冴えた空気にそっと拡散したが、腕の中の人物はいっこうに起きる気配はない。まあ、もともとよく寝るタイプだし、そもそもここは、彼の国なのだ。自国の気候に慣れているのは、不思議ではない。
イギリスは声をたてず、そっと笑った。
彼にとっては、慣れた気温なのだろう。自分には、慣れないが。
‥‥否、慣れていた時期もあった筈なのだが、自分は、忘れてしまったのだ。




アメリカの独立を機に、イギリスは荒れた。荒れまくった。




あの頃のことを、実のところイギリスはおぼろげにしか覚えていない。
ただ、酷く荒んでいたことだけ、ぼんやりと覚えている。
あの頃は、世界中に火種を抱えていた。大英帝国が世界を征したと言われる最盛期の、ちょうど始まりと終焉。アメリカの独立を機に‥‥というか、吹っ切れて逆に地盤を固めるに至る、その入口。
最愛の子どもを失った、絶望の淵。
敵対者となったかつての弟を相手ににらみ合うその最前線として、自分はこの地に居たのだ。英領カナダで、長くを過ごした、筈だ。
覚えていないけれど。

フランスや、スペインが苦く笑う。あの頃のお前は酷かったと。
アメリカが苦しげに告げる。カナダを連れて離れるべきだったと。
けれど、カナダは何も言わない。

ただ、俺のことを好きだと。それだけ、言う。

酷いことをした。イギリス自身が覚えていないにせよ、それは歴史書が語る。
フランスが、スペインが、アメリカが。多くの国が、イギリスを詰る。

けれど、カナダは。




『好きです』




夢だと、思った。何を言っているのだとさえ思った。
夢見心地のまま、俺も、と応えたイギリスを前に、カナダは泣いた。泣いている身体を、身体の底から噴き上げて来る衝動にかられるように、ただ抱き締めた。熱いしなやかな身体を、イギリスの名前を呼び、夢みたいだと呟く弟を、泣くなよ、夢じゃないからと、抱き締めた。

だって、好きだったんだ。ずっと。

夢みたいだといった、カナダ。そうだ、夢だった。
何故と言って、カナダは、フランスのものだったから。
あいつに拾われて、あいつの好みに育てられて。フランスの手から力づくで奪い取った後さえ、決して俺のものにはならなかった。
歌うように甘いフランス語。イギリスを見る、どこか怯えた目。震えていた身体。
抱き締めてやりたいと思っても、愛したいと思っても。カナダは、どこまでもフランスのものだった。

夢のように綺麗なカナダ。一目で手に入れようと思ったのを、彼は知らない。

イギリスのことを好きだと、カナダは言う。
きっと、これは嘘じゃない。それくらいは解る。
けれど、カナダはイギリスが彼のことを好きだと言うことを、決して信じていない。

『イギリスさんは、アメリカが好きなんですね』
『アイツのことが、大事なんですね』

そう言って、笑うカナダ。
笑いながら泣きそうなのを、きっと彼自身も、気がついていない。

なるほど、イギリスはアメリカが好きだ。
もうこれは性分のようなものだ。
あれは、自分が育んだ愛し子。イギリスが遠い海を渡って見出し、ありったけの愛をもって慈しみ、愛した国。そうとも、自分はアメリカが好きで、大事なのだ。きっとどれほどアメリカ本人に辛辣にされようと邪険にされようと、変わらない。変えられない。

しかし、アメリカとカナダは、違うのだ。決定的に。

愛しいカナダ。俺を支えてくれた。荒れてどうしようもなかった俺の傍で、辛かっただろう苦しかっただろう。それでもなおイギリスを慕い、他国に‥‥そう、彼を無理やりに奪い取られたフランスにも、兄弟として共に在ろうとしたアメリカにも。優しい彼らの申し出にも、決して頷くことはなく、イギリスの傍に居てくれた。
たとえ、かつての美しい養い親に心を残していたとしても。
たとえ、強い力で世界に飛び出した兄弟を眩しげに見上げていたとしても。
‥‥イギリスの傍にいて。美しいまま、傍に寄りそうカナダを。

『イギリスさん、』

夢のように綺麗な声で、名前を呼ぶ彼を。




「愛さずにいようだなんて、無理だ」




「‥‥ん、う」

腕の中、起きているイギリスの気配を察したのか、カナダがおっとりと身動ぎした。どうやら抱いている腕に、無意識に力を込めていたらしい。
イギリスはハッとして、そっと腕の強張りをほどく。優しく、愛しさだけを乗せてやわらかに、カナダを包み込む。
ふぅ、とひとつ浅い息をしたカナダが、再び深い寝息に変わるのをじっと見守ってから、イギリスもまたそっと息をついた。
頬を撫でてくる冷気に、上掛けをもう一度自らと恋人の身体に巻きつけるようにして、被りなおす。シーツの中は、体温を分け合ってとても温かだ。
抱き込んだ腕から伝わるさらりとした瑞々しい歳若い恋人の肌に、イギリスは自分の体温が上がったのを自覚して、思わず苦笑した。‥‥ああそうだ、年甲斐もなく、自分はこの恋人に、心底惚れている。

「カナダ。‥‥カナダ、」

そっと、恋人の名前を呼ぶ。
抱き締めた腕の中、硬い熱を穿ち込む自分に縋りついて、ほろほろと快楽の涙を零しながらイギリスを呼んでいた、カナダ。

「愛してるよ。本当だ。‥‥夢じゃないから、」

いつか、信じて欲しい。
俺がお前を好きだと言うことを、いつか、信じさせてやる。
だから、それまでは。




「俺のそばに、居てくれ」




一年の終わりの夜。滑らかな額にそっと、くちづけて。ただ、願った。
一年の始まりの朝。窓の向こう、暁は近く。

「カナダ、」









夢のように綺麗な声で、もう一度俺の名前を呼んでくれ。









 夢路より君、帰り来よ





the end.(2008.12.31)

『Like a Dream,not』ギ様サイド。両片想いというヤツですネ。
きっとメリカや仏兄ちゃんはウンザリしてるんだぜ!(笑)