「おい、カナダ」
「‥‥は?」

名前を呼ばれるのは、珍しいことじゃない。
自分で言うのもなんだけど、けっこう、大きな国だし。
僕の名前を知らない、という人も国も、あんまり居ない。
が、呼び止められるのは、珍しい。‥‥何故ってそれは。

「目立たないからねー‥‥。」
「おい、おーいってば。カナダ〜?」
「‥‥え?あ、はい!?」

うっかり自動的にブルーになりかけた思考回路にブレーキをかけてくれたのは、再度の呼びかけと、眼前でヒラヒラと振られる、手のひらだ。
それも、結構、見慣れた。

「え、あ、ごめんなさいフランスさん。こんにちは!お久しぶりです!」
「‥‥‥‥カナちゃん、お兄さんさっき会議場で会ったばっかりだと思うんだけどー?」
「あれ、居るの気がついてたんですか」

いつものように意見は求められなかったし(今日の会議は特に重要な案件がなかったせいもあるけど。‥‥うん、そう思いたいけど!)、てっきり僕のこと気がついてないと思ったのに。
だから、せっかく気がついて挨拶してくれたんだし、せめて朗らかに爽やかに挨拶でアピール!と思ったんだけど。んん、なんか間違ったかな。
首をかしげて、真っ青な空色の瞳を覗き込む。‥‥あ、笑った。

「フランスさん?」
「お前ねぇ‥‥、いや、お前らしくていいけどな」

苦笑交じりのそんな言葉と一緒に、フランスさんは肩を竦めた。
身体の動きに合わせてスーツにゆるやかな皺が寄って、綺麗な陰影を描く。タイをしてない襟元が、微かな衣擦れを立てた。‥‥なんていうか、妙にそういうのがいちいち様になるところがフランスさんだなぁとぼんやり考えた。

フランスさんは、派手なひとだ。

派手っていうのは、ちょっと違うか。どういったらいいのかな。雰囲気が華やか、とでも言えばいいのだろうか。
まあ、とろけそうなハニーブロンドに真っ青な瞳なんていう、色彩の洪水みたいな外見だ。色だけなら僕も似たようなものの筈なのに、どういうわけかフランスさんのほうが、ええと、煌めかしいというか。華やかで、目を引くんだ。
初めて会ったときから、ずっと。
‥‥あの時、「なんてきれいなひと」って、本気で思ったもんなぁ‥‥。

「‥‥おーい?」

フランスさんに育ててもらってた間も、時々こっそり見惚れてた記憶がある。
特に、ゆるいウエーブのかかった、長めの金髪。そういえば、抱き上げてくれた時や、寝る前に寝台で本を読んでくれてる時、よく髪引っ張って困らせてたような?いや、だって燭台の灯に文字どおり輝いてて、凄く綺麗だったからさぁ‥‥。

「カナダー。カーナーダー?‥‥お兄さん無視してると怖いメにあわせちゃうよー」

あー、子供って力加減知らないしな、いや自分のことなんだけどさ。んん、結構グイグイ引っ張ってた、ような?や、だってさぁ、ちょっとメープルシロップの色に似てて美味しそうだったし。あ、でも痛かったのかなあれ。痛かったよな。う、うーん‥‥。

「‥‥‥‥‥‥。」

と、まぁそんなことをぼんやり考えていた。ら。

「‥‥おわ?!ちょ、ふふふふフランスさんッ」
「‥‥‥‥‥‥カナダー、悪いお兄さんの前で隙見せたら駄目。」

一息で距離を詰めて、な?と、真っ青な瞳が数インチの至近距離で笑う。
抱き締められてる腰の辺りがちょっと暖かい。‥‥ああそっか、もう抱き上げる、じゃないんだなぁ、なんて微妙にズレたことが頭を過ぎるのは、それなりに混乱してるからだと思う。

「カナちゃん俺のこと無視しないでーお兄さん寂しいよー」
「え、は?えええ、別に無視なんてしてませんよ、だってずっとフランスさんのこと考えてたし」
「‥‥‥‥‥‥。」

え、あれ?また僕なにか言い間違ったのだろうか。
んん、普段アメリカのことKYKY思ってるけど(いつか面と向かって言ってやる!‥‥やりたいな!)、もしかして僕も結構そうなんじゃないだろうな‥‥。え、どうしようそれはイヤだ、すっごく。

「ええとそのフランスさん、僕本当にフランスさんのこと」
「カナ、ちょっと静かに」
「は?‥‥あ、はい」

フランスさんは黙ったまま、僕のことを抱き締めてきた。‥‥やはり、何か良くないことを言ってしまったのだろう。
どうしよう。謝ったほうがいいのかな。でも、静かに、って言われてしまったし。

‥‥嫌われたく、ないのにな。

フランスさんは、僕を育ててくれたひとだ。
僕に、この世界へ繋がる道をくれたひとだ。
確かにずっと一緒に居たわけじゃない。一緒に居たと言うなら、イギリスさんのほうがよっぽど長いし付き合いも深い。一緒に過ごした時間なんて、本当に僅かだ。けれど。‥‥けれど。

「フランスさん、あの」
「‥‥‥‥うん、俺もお前のこと、考えてるよ。いつも」
「え、」




‥‥‥‥え、ええと、‥‥あれ?




「‥‥フランスさん僕すごく心拍数上がってるんですけどこれどうしたらいいと思います?」




‥‥あ。笑われた。
いや本当、どうしたらいいのかわからないから訊いたんだけど。
すごく心臓バクバク言ってるし、やたらと体温も上がっている気がする。
肩の上に懐かれるように抱き締められたまま笑われてるから、耳の辺がくすぐったいような、妙にソワソワ、ザワザワする、というか。
何だろうか、何かこう、こういう感覚は、知っているような、ないような‥‥。ええと。

「あの、フランスさん?」
「‥‥うん?」

呼びかけに顔を上げたフランスさんは(まだ抱き締められたままだ。なんか落ち着くからいいけど)、ええと、楽しそう?なのかな。笑っていた。
笑って、微笑んだまま、僕のほうを見た。綺麗な、青い瞳で。

‥‥思い出した。

昔から、このひとはよく笑いかけてくれた。
いつだって笑顔で、抱き上げてくれたときも、寝台で本を読んでくれたときも、そういえば髪をひっぱったときだって。笑ってた。

このひとが会いに来てくれるのが本当に嬉しかった。
抱き上げて歌を歌ってくれるのが楽しみだった。
額におやすみのキスを貰って、大きな身体に抱き寄せられて眠るのが気持ちよかった。
‥‥僕のことを、誰とも間違わずに名前を呼んでくれるのが、たまらなく嬉しかった。




ああ、そうか。そうだった、こういう気持ちの名前は、そういえば。




顔を上げて、目を合わせる。
至近距離にあるその真っ青な瞳を、真っ直ぐに見る。
‥‥できれば、笑ってくれればいいな。
これから告げる、この想いに、このひとが笑ってくれたらいい。
僕に笑顔をくれた最初のひと。
僕に気づいて名前を呼んで微笑む、その笑顔で好きになったから。




「フランスさん、あの」









結局、笑ってくれたかどうかは解らなかった。
けれどきつく抱き締められた腕が、まるで笑顔みたいに温かかったから、まぁいいか。









  スターマイン





la fin.(2008.06.13)

「あ、フランスさん、髪触らせてもらっていいですか?もう昔みたいに引っ張りませんから!」
「んん?いいけど。‥‥ベッドの中でならな?」